Book童話のおはなし

□人魚のおはなし
2ページ/21ページ









ある朝、一人の王子が浜辺を散歩していました。


王子は額に深い皺を寄せ、不機嫌にざくざくと足音を立て歩いていました。


昨日、父王とその妃に身を固めるよう強く叱られたのです。


王子は結婚程恐ろしく疎ましい物はないと思っていました。


なにせ王子は輝く金の髪に海のような青い眼、逞しい体を持った美しい青年。
その上じきに王となるのです。


それ故女の人は皆、王子が好きでした。

そしてそれ故、王子は女が皆嫌いだったのです。






額に皺を寄せ浜辺を歩き、岩場を上りました。


この岩場は小さい頃からの王子様の秘密の場所でした。


秘密の場所なのですから、皆がここが王子の場所だと知っています。


仔犬のように元気な男の子でさえここに近寄ろうともしません。

それなのに、その朝は岩場からぶつぶつとなにか呟くような声が聞こえてきました。


機嫌の悪い王子はそれに大層憤慨し、腰に下げた剣の柄を握り締め声の下に近づきました。


勿論いきなり斬ったりするほど愚かではありません。

少々驚かせ、二度とここに近寄らせないようにしようと思ったのです。



しかし、驚いたのは王子様でした。

そこにいたのは元気な男の子ではなく、仕事熱心な漁師でもなく、人でさえなかったからです。


そこにいたのは人魚でした。

人魚はこの国では王子がこんなにも驚く程珍しくはありません。

たまに海底の国から使者がきて、海の底の話と一緒に珍しい真珠や珊瑚などをくれます。

それにこの国からも海の上まで船を出し、陸の話と一緒に珍しい宝石や植物などを渡します。


王子がこんなに驚いたのは、その人魚がとても美しくなかったからです。



人魚は美しい生き物です。

淡い色の髪をなびかせ、宝石のような鱗を持った海で一番美しい生き物です。

それは男の人も女の人も同じ位美しいのです。


でも目の前の人魚は美しくありません。


男の人ですが、とても痩せていて筋肉なんて少しも見当たらず、まるで骨と皮で出来ているようです。

淡くなびかせている筈の髪は、紫がかった黒い髪をぴっちりと後ろに撫で付けていて、深海魚のよう。

宝石のように美しい筈の鱗は錆付いたような銀色で、まるで海の底に沈む銀食器。

痩せた顔には鋭い眼だけが目立ち、ぎろりと睨むその眼はまるで海蛇です。



王子はきっとこれは悪魔のたぐいだろうと思いました。


悪魔は恐ろしくはあったのですが、それより秘密の場所に勝手に入られた事への怒りの方が強かったのです。


「…お前は何者だ。ここは俺の場所だと知って入って来たのか?何しに来た、この醜い悪魔め。」


王子は美しい顔を恐ろしくしかめさせ睨みつけました。

人魚は馬鹿にしたように鼻で笑い王子を睨み返します。


「これはこれは、王子様。美しい貴方様に会えて光栄の極みですな。」


その馬鹿にしたような言い方に王子様はとても怒りました。


「下らない世辞は不要。お前は何者だと聞いている。」

「ああ、申し訳ない。私は王子様程頭が冴えておりませんので…質問はそのようにひとつずつお願いしたいものですな。」


王子様はもう全身の毛が逆立ちそうな程怒りましたが、こんなにわかりやすい嫌味に怒るのもそれはそれで癪でした。


「…それで?」

「申し遅れました、私はカジストリ。悪魔ではなく人魚の端くれでございます。」


撫で付けた黒髪をゆっくりと下げる人魚に王子様は少し驚きました。

こんなに醜い人魚がいるとは信じられなかったのです。


「…人魚?お前のように醜い人魚がいる筈がないだろう。」


人魚、カジストリはくすりと笑います。

「二本足の人に海の何がお分かりか?」


王子様はまた少し怒りましたが何も言いませんでした。

それはその通り、王子様は海の中の事は何も解らないのです。




 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ