君と死ねる明日

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 磨き上げられた床の上を、靴音一つさせずに暗殺部隊次席が闊歩していく。任務帰りのスクアーロに偶然出くわした部下は慌てて道を空けて敬礼するが、スクアーロの手に驚くほど似つかわしくない愛らしい紙袋を認めて、こっそり目だけで笑う。スクアーロはそれに気付いているが、敢えて追求することはない。もう慣れた。

 屋敷の隅の比較的小さな扉をノックする直前、室内から談笑が漏れてくる。何やってんだか、とノックもそこそこにドアを潜ると、「ようこそー」とカコの気の抜けた挨拶が飛んでくる。声同様、カコの姿も随分と気が抜けている。あの目の痛くなる赤毛を黒く染め直し、化粧もしているかどうかといった具合だし、堅苦しい隊服の代わりにカッターシャツをラフに着ている。

 部屋には彼女の他に見覚えがある程度の部下が二名ほどいて、机の上に積まれた書類の山を見るにどうやら諜報絡みの連絡をしにきた連中と話し込んでいたらしい。


「う”ぉおい、何油売ってんだぁ」

「すみません!」


 先客たちは素早く立ち上がると本来の目的であったはずの書類を手に、逃げるように退出した。ほんの数日前まではカコを毛嫌いしていたなんて信じられない態度の変わりようだ。現金な奴らだ、などと俺だって言えた口ではない。


「別に急がなくてもいい奴だったのに」

「何の話してたんだぁ?」

「大したことじゃないよ。上司にするなら幹部の誰がいいかって話。あ、詳細は守秘義務がありますので」


 適当に追い払ったことを適当に誤魔化して、カコがうまく話に乗ってくれたことにほっとする。


「で、スクアーロは何か用事?」

「あのなぁ……用事があるから来いっつったのはてめえだろぉがぁ。まぁ、用事もあるっちゃあるがなぁ」

「なにかな?」

「俺のはついでみたいなもんだからなあ、先にてめえの方から聞いてやる」


 用事も何も、手土産のドルチェを渡すだけなのだから本当についでだ。ついでのために帰路を若干変更はしたが、特に深い意味があるわけでは無い。


「わかった。じゃあスクアーロ、そこに座ってちょっと目を閉じてて」

「はぁ?」

「いいから」


 有無を言わさずソファに押し込まれ、無言の訴えに折れて瞼を落とす。カコの気配が部屋の隅へ向かい、再び戻ってくる。これから起ころうとしていることを薄々察しかけながらも(いや、認めようとしなかっただけで、呼び出された時からその可能性は感じていた)、黙って待つ。

 鼻腔を指す甘ったるい香りとカチャカチャと言う金属音で予感が確信に変わったころ、「良いよ」と許可が下りる。

 真っ白な皿の上に、細眺めの三角柱。傷一つない滑らかなチョコレートの上に飴細工の幾何学模様が澄ました様子で乗っかっている。



「スクアーロ、誕生日おめでとう」

「どうやって知った?なんて、てめえに聞くのは無粋になるなあ」

「知ってる?スクアーロ、こういうときにはね、多少なりとも驚いたふりをするものなんだよ」

「甘いものは好かねえが、ありがとうなあ」

「どういたしまして。それから、ちゃんと甘くない奴探してきたんだから、好きかどうかは食べてから決めようね?」


 はい、と金のフォークを差し出してきたカコに、代わりに紙袋を付き出す。前と同じ店で買った、同じ苺タルトが入った袋だ。


「わあい! これ、凄くおいしかったから、また食べたいと思ってたんだ。ありがとうね、スクアーロ」


 やったぜ! とはしゃぐカコに「餓鬼じゃあるまいし」と思わなくもなかったが、満更悪い気もしない。

 そうして二人で、黙々とドルチェをつついた。崩れやすいタルトはあっという間に皿の中でぐしゃぐしゃになっていくが、それでもなお艶々とした輝きは失わない。美味そうに食べるもんだと感心していると、一口分のそれがチョコレートケーキの乗る皿の端に移される。促されるままに口に運んだスクアーロは一言、「悪くない」とだけ呟く。カコは満足そうに苺タルトの続きに取り掛かる。

 そうして二人、お互い相手には気付かれないと思い込んだまま、ひっそりと笑みを浮かべた。









         【了】
 

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