君と死ねる明日

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「では、報告を始めます」

 
 ルッスーリアの用意したスーツに身を包み、丁寧な物腰で語るカコは、それでも化粧とその髪色で場違い感を発揮している。化粧を済ませたカコが宣言するように「今日で最後にしようと思ってる」と言って来たのを思い出す。

 すぅとカコの呼吸音が響く。ちくちくと刺すような会議室の空気の中、その小さな音だけが穏やかに思われる。実際は、一番緊張しているのは彼女に違いないのに、話し始めた彼女の声は機械的なまでに落ち着いて感じられた。

 ヴァリアーの今後の処置が彼女の発言にかかっていることは分かっていたが、内容を聞いている余裕はなかった。只管に神経を張りつめて、周囲の状況を伺う。それが、ここへ来る前に車内でカコに頼まれたことのうちの一つだった。

 室内には、ボンゴレの重役、もしくはその代理と思われるものがほぼ全員顔を揃えていた。九代目のように落ち着いてカコの話を聞く者もいるが、大抵は苛立ち、恐れ、不信感を隠そうともしない。当たり前だ、ヴァリアーなど、一度牙をむいた猛獣など本当は審査も何もなく抹殺してしまいたいのだ。

 席にはつかずに、壁際や入り口付近に控えているものもいる。本部の用意した護衛の他に、出席者たちが連れてきた部下なども交じっているのだろう。彼等の目的は皆、不測の事態に自らにとっての要人を守ること、又は事態を収拾することのどちらかのはずだ。そういう視点で改めて彼らの配置を眺めてみる。明らかに目的に沿わない配置をしているものが浮き上がるようにして見えた。

 全く、やりやすくてしょうがねえ。思わず笑みを浮かべるスクアーロに護衛から分かりやすい牽制の視線が飛ぶ。安心してろよ節穴どもが。なんもしねえよ。

 そうしているうちにもカコの報告は流れるように進み、結論に差し掛かっていた。


「…………でありました。以上の動機、経過、現状を踏まえまして、現在ヴァリアーが再び反旗を翻す危険性は極めて低いと判断されます。何か質問のある方は、守秘義務の許す範囲内でお答えいたします」


 張りつめていた雰囲気がほんの気持ちだけ緩んだように感じられた。カコの話し方が(普段のそれからは信じられないくらいに)落ち着き払い、また収集した情報を理詰めで組み立て直し、噛み砕いて展開されていたために、ヴァリアーへの不信感が僅かなりとも削がれたことにも起因するかもしれない。

 このまま何事もなく報告が終わるかに見えた時、円卓の端から声が上がった。


「だが、危険性が低い、と言うだけでゼロではないのだろう? ヴァリアーはボンゴレに忠誠を誓ったわけでは無い。そんな者たちが、しかも凶暴な性質を持っているのに野放しにしていいのか? ゼロではないということは、再び惨劇が繰り返しうるということではないか?」


 カコは言葉の意味が分からないといった風に首を傾げて見せる。


「ええ、その通りです。今後も永久に裏切りが起こらないとは限らないでしょう」


 惨劇が、繰り返される。その言葉が重しとなって天秤に乗せられたように、傾きかけていた場の雰囲気が再びがくりと向きを変える。薄まったはずの不安がさざ波のように広がり場を支配する。そこかしこで賛同するような呻き声が上がる。カコの口角が少しだけ上がったことに、スクアーロ以外で何人が気付けただろうか。


「しかしこの可能性のお話は、ここにいるみなさん全員についても等しく言えることではありませんか?」


 しん、と水を打ったように静まり返る中、カコが手元のファイルから大判の茶封筒を取り出す。部屋中の視線が彼女の手の中の紙に吸い寄せられている。そんな視線にちっとも気づいてなんかいないように、今日の夕飯の話でもするような気軽さでカコが言う。


「ここに、現在ボンゴレで謀反を企てている者のリストがあります。読み上げた方が良いですかね?」


 その言葉が合図だったかのように、幾つかの事が同時に起こった。目で追いきれない多くの物の目には銃声と、カコが床に倒れていること、そして数名の者がスクアーロの手によって重傷を負わされていることが認識されただけだった。遅れて、幾つかの銃口がスクアーロを囲む。


「落ち着きなさい」


 途端に浮足立った面々を、老成した声が押さえつける。動ける全員の目が九代目に集まる。


「分からないのか、もう全て片が付いているじゃないか。カコ?」


 カコがゆっくりと立ち上がる。クーデターの口火となる筈だった弾丸が襲う前にスクアーロに突き飛ばされていたカコは、見た所どこも痛めた様子はなかった。

 
「もちろん、私たちにも説明してくれるね?」

「はい。…………さて、これから私の報告の、一番重要な部分をお話します。といっても、これから後にすべきことが控えていますので、手短に済ませなければいけませんが。

 私が気づいた発端は先日私が、本部の者しか知り得ない筈のルートの途中で襲われたことですが、ボンゴレ内部で不穏な動きがあったことはみなさん薄々お気づきだったと思います。今日までに裏切りが確実にあること自体は突き止めましたが、どうしても最後の詰め、『誰が裏切ったのか』が掴めませんでした。そこで、こんな茶番を用意したわけです」


 カコは先程の紙を全員に見える形で掲げて見せた。裏、表、とひらひら振って見せる。そこには文字の一つも書かれてはいなかった。


「尻尾を掴んだ、と言えば必ず向こうは何かしらのアクションを起こしてくるだろうと思いました。彼にこの場にいてもらったのは、即座に裏切り者の動きを止め、安全を確保するためです。他にも、現在ヴァリアーのメンバーがこの屋敷のあちこちで起こっているはずのクーデターを鎮圧しているはずです。さて、理解していただけたでしょうか? したらば、この小競り合いの鎮圧に向かうのがよろしいかと思います」

「いや、その必要はねえ」


 いつの間にかスクアーロの耳には小型の無線機がはめられていた。


「たった今、屋敷中の反乱分子は全て摘発した。外に出りゃ一発で分かるけどなあ。後の処理は、てめえらの好きにすりゃあ良い」


 
 さらりと長い髪を翻して、スクアーロが背を向ける。う”ぉおい、てめえらぁ、撤収だぁ、と通信機に向かって告げる。誰も彼を止める者はいない。少し迷って、カコは確かめるように九代目へと目線を投げかける。お分かりいただきましたか? しっかりとした首肯を受け取って、カコは一礼をしてスクアーロの後を追った。


 混乱状態の会議室から、するりともう一つ、影が滑り出した。

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