君と死ねる明日

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 「暗いねぇ」
「…あ“ぁ」
「月も隠れちゃってる。一雨来るかもねぇ」
「…う“ぉおい、てめぇ静かに出来ねぇのかぁ?」
「ちょっと、無理かも」



 てへ、と笑うカコの胡散臭さは爆笑ものだが、笑っている場合ではない。
 身支度を整えたカコを連れて本部に辿り着いた頃にはすっかり陽が暮れていた。普段は煌々と照らされている本部の照明まで人目を憚るかのように抑えられている。
 車を寄せて、後はカコが降りればいいだけだ。それなのに彼女は何故か助手席から動こうとしない。窓を眺めながら、天気の話なぞ持ち出している。窓ガラスに反射した彼女は、毒々しく染め抜いた唇を噛んでいた。
 今更、どうして弱みなど晒すのだ。腹立たしくはなかった。ただ、不思議だった。



「う“ぉおい、報告会が終わるまでそうやってるつもりかぁ?今更怖気づいてんじゃねぇぞぉ」
「やだなぁ、主役が来なくちゃ終わるどころか始まらないじゃない」



 くるり。こちらを振り向いたカコの顔にはニヒルな笑み。馬鹿、三流芝居も程々にしやがれこの大根役者が。そう軽口でも叩いてやろうと思ったのに、それより早くカコが呟く。



「怖気づいちゃいないけど…まあ、ちょっとはビビってるかな。うちのファミリーの人間が、ここ数日間ボンゴレに出入りしてるらしいじゃない。あたしの報告内容をチェックするためだろうね、ご苦労なこった」
「…いつの間に仕入れたんだよ、そんな情報」
「プロだからね」



また、へらりと笑って。カコが動き出した。シートベルトを外してドアを押し開けその間を潜り抜ける。軽やかに、蛹が羽化でもするように。



「そう、私はプロの監視屋なの。」



 もう一度言い直して、歩き出す。屋敷から漏れる明りにくっきりとカコの影が浮かび上がる。逆光のまま、振り返る。



「何してるの、スクアーロも来るんだよ」



 当たり前のように言い放ったカコに、今は問い返さない。





*   *   *




 質素な部屋の中央に、長い長い机が置かれていた。装飾は少ないが、よくよく見れば材質も造りも上等で、手間も金もかかっている。その机を囲むように、十名前後の人々が沈黙のまま集っていた。イタリアの裏社会を牛耳るボンゴレファミリーの幹部たちである。普段は長の座に就くボンゴレ九代目もその中に混じっていた。リング戦で受けたダメージでやつれきってはいるが、なんとかこの日までに体調を持ち直していた。その九代目が、穏やかに宣言する。



「それではカコ君、準備ができ次第入ってくれ」
「はい」



 重々しく扉が開かれる。カコの奇抜な恰好に渋面を作るものがいるのはいつものことだ。扉が開かれるにつれ、しかしその視線はカコから外れていく。殆どのものが眉を顰める、体を引く。集中した視線の先では、スクアーロがカコの横で斜に構えていた。
 当然の反応だった。何しろ、つい先だってクーデターを起こしたばかりのヴァリアーの次席がボンゴレ本部の、こんな重鎮ばかりの場に同席しているのだ。もしここでスクアーロが暴れだしたら。数名の頬を冷汗が伝う。
 そんな反応に気づきもしないように軽い会釈をしてから、カコは思い出したような調子で口を開く。



「初めに断わっておきますが、彼は…スクアーロは、私の依頼でこの場に同席してもらっています。このことは既に九代目の承諾を得ています。」



 そうして落ち着いた足取りで空いている席へと歩み寄る。それに続いたスクアーロには当然席はない。些か不機嫌そうではあるものの、それでもスクアーロは何も言わずにカコの後ろに控えた。



「では、報告を始めます。」

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