君と死ねる明日

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 カコが襲撃されてから三日。カコはまだ目を覚ましていない。撃たれた場所が良かったこともあり、ボンゴレの息のかかった大病院で最先端の治療を受けたカコの命に別条はない。脳にも異常はない。それなのに、目を覚まさない。

 死臭と紛いそうなまでに強烈な消毒液の匂いが鼻腔から侵入し、眼球を刺す。無遠慮な蛍光灯の下で、カコの素顔が暴き出されているような錯覚に何度も見舞われた。全身真っ新に洗い流され消毒し尽されたカコは文字通りの素顔だが、それだけではない。閉じられた瞼、呼吸音、治療用の質素な衣服から覗く手。彼女がドルチェを捏ね繰り回していた情景を思いだす。

 警護のためと配置されたスクアーロだったが、そろそろ退屈し始めていた。苛々と、時を追うごとに頻度が増す舌打ちをまた一つ零した時だった。

 ふっと、穏やかに寝息を立てていたカコの呼吸が乱れる。それはごくごく僅かな変化ではあったが、スクアーロの目に留まるには十分過ぎるほどだった。腰を浮かせたスクアーロの前で、閉ざされた瞼が微かに震える。ゆっくりと開く。焦点の合わない目がきょろきょろと天井を彷徨い、部屋中を見渡し、やがてスクアーロの上で止まった。



「…おはよう」
「おはよう、じゃねぇよ」
「じゃあ、ごめん」



 カコは開いたばかりの目を再びぎゅっと瞑った。そうしてごそごそと布団の中へ潜っていく。薄い布団越しに、ごめん、ごめんねと、くぐもった声が聞こえてくる。



「てめぇが謝ることじゃねぇ。あの程度の護衛しか付けなかったこっちの責任だぁ」
「違うの、ごめん、ごめん…」



 諭しても、譫言のように謝罪を繰り返している。錯乱しているのだろうか。それにしては動きが緩慢で、声だって憔悴している感じはするが落ち着いている。



「う“ぉおい、『何』を謝ってんだぁ」
「…ごめん」



 最後にぽつり、と呟いて、それっきり何を問いかけても返事が返ってこなくなった。それは、最後の質問には答えられないことへの謝罪に聞こえた。今無理矢理に布団を引き剥がして問い質すことだってできる。それをしないのは単に、必要な時になればきっとカコの方から打ち明けるだろうと、そんな気がしたからだ。

 どうかしている。俺は、彼女の何を知ってつもりでいるのだろう。彼女が自らの過去を打ち明けたから?その行く先を、かつて自分が示したからか?下らない、もしかしてそれこそが、こうして俺の信頼を得ることこそが、監視屋としての彼女の目的だったかもしれないのに。彼女の話が、どこまで本当かも分からないのに。

 ただ自分が直感的に感じたことだけが、全ての根拠だ。そして俺はあの時の、幼い彼女を見たあの時の自分の直感には絶対の信頼がある。それはザンザスを主君と定めたずっと昔の直感と、少し似ている。

 だから、待とうと思う。安っぽいパイプ椅子にもう一度深く座り直して、深く考えるのは止めよう、きっと今日中にでもここを出られるだろう、と。待つことは嫌いだが、もう慣れっこだ。

 だから目の前の布団の塊が小さく震えていようが、嗚咽が聞こえようが、今は何も聞いてやらないのだ。



 そうして、カーテンの向こうで日が傾いた頃。漸く布団から頭を出したカコは小さく、もう大丈夫、と言った。真偽のほどは定かではないが、本人がそう言うのだ。頷き返して、病室を出る。病室棟から出る。携帯の電源を入れると同一人物からの着信履歴が幾つも並んでいた。短気なのは相変わらずだが、ここまで発信を繰り返す間電話を破壊しなかった辺りが奴の成長なのだろう。その中で一番新しいものを選択し、かけ直す。



「…あ“ぁ、そうだぁ。カコが目を覚ました。たった今だぁ。………分かった。すぐに支度をさせる。あ”ぁ。………う“ぉおい、それから………あ”あ“あ”、くそ、切りやがった!」



 乱暴に携帯を閉じ、ポケットに仕舞い込みながら踵を返す。戻って、カコを連れてこなければ。しかしそのカコが、振り向いたスクアーロの目の前に立っていた。入院着のまま、まだ完治していないためか幾分顔色は悪い。何故来たのか、なんて尋ねても意味がない。これから彼女をボンゴレ本部まで連れていき、遅れていた「監視報告」をさせなければならないのだ。

彼女もそれが分かっていたのだろう。



「スクアーロが、護衛してくれるんでしょう?」
「あ“ぁ。その格好で行くつもりかぁ?」
「着てたのは穴が開いちゃったしね。報告内容さえしっかりしていれば、九代目は何も言わない」
「ルッスーリアが適当に見繕って届けに来た。」
「…ルッスーリアさんに、ありがとうって言っておいてね」
「はぁ?てめぇで言え、俺は伝達係じゃねぇ」
「…うん、そうだね。今度言いに行く。」



 ああ、そういえば。そういえば、監視はもう終了だったか。



「着替えはてめぇの部屋に置いてある。待っててやるから今すぐ着替えてこい」
「待って、スクアーロ」



 背中を向けかけた所をカコに制される。待つと言ったばかりなのに、これ以上何を待てというのか。読み取る間もなく、彼女の顔にはにこりと作り物染みた笑みが浮かぶ。不思議なことに、以前ほどそれに対する拒絶感は無かった。それは彼女に対する憐れみのせいだったのかもしれないし、隠された裏への期待がそうさせたのかもしれない。

 ああ、待ってやる。ちゃんと聞いてやる。



「頼みたいことが、あるんだ。」

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