君と死ねる明日

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 目を覚ます、体を起こす、時計を確認する。洗面所へ向かう頃になると粗方頭は覚醒している。この時になってやっと、何かがおかしいことに気付く。違和感。

 その違和感が起き抜けの思考回路をを完全に覚醒させた。目に映るのは普段と何ら変わり映えのない自室だ。では何がおかしいのか。少し考えて気づいたのは、この部屋がいつもと変わらなさ過ぎる、ということ。

 それはカコがやってきて以来一度もなかった感覚だ。違和感が無いことへの違和感。

 ああ、やっと監視期間が終了したのか。今自分は、監視されていない。清々した。

 清々した。

 もう一度繰り返して、噛み締めて、何も無かったかのように一日を始める。

 隊服を身につけながら、カコの帰路は誰が守るのだろうと考えた。折角監視に耐え、一度はカコを襲撃から守ってやりもした。ここにきて彼女がうっかり死んだりなどしたら癪だ。きちんと状況を理解できてある程度自制も効く実力者といえば、まあルッスーリアあたりが適任だろう。例の悪趣味な装いのカコがルッスーリアの隣に座る様を思い浮かべる。想像しただけで目に痛い配色だ。

 ふと、カコに一つ言い忘れていたことを思い出した。銃はよく選べと、自分の能力をよく理解しろと、そうでなければ這い上がれる筈がねぇだろうと。それ位は、次回の護衛の時にでも教えてやろうと思っていたのに。だが考えれば俺でなくとも護衛は務まるし、寧ろわざわざ俺が選ばれる理由がない。それにも関わらず俺は、次回の護衛も自分に回ってくるものだと思っていた。恐らくその根拠は、自分たちが初対面でなかったというただそれだけのこと。

 

 そんなことをつらつらと考えていた時だった。携帯のバイブレーションがベッドの上で地味に自己主張する。緊急の任務でも入ったか。耳に押し当てたそれから聞こえてきたザンザスの言葉は、確かに緊急の任務に違いなかった。



「監視屋の護衛に就いた奴がしくじりやがった。今すぐ向かえ」



*   *   *



 指示されたのは本部に向かう道の途中にある私有の森の中だった。今回監視屋の護衛に就いたのは幹部でもなんでもなく、ただの平隊員が3名だった。いちど襲撃を受けているのに何故そのような人選になったのか甚だ疑問だ。護衛中に再び襲撃を受け、敵を撒くためにこの森へ入った。そこでタイヤをやられ、現在は隊員が交戦中。うち二名は負傷。

 幾ら下っ端の隊員と言えど、精鋭揃いのヴァリアーだ。そう簡単に怪我を負わされはしない。どうやら向こうもそれなりに腕の立つ者を用意しているらしい。

 昨夜雨が降ったのが幸いして足跡さえあれば容易に追跡ができる。そして樹上を飛び交うスキルのないカコは、足跡を作らざるを得ない。木々の間を抜けるにつれ、やがてサイレンサーに押し殺された銃声が耳に引っかかり始める。

 音を殺して近づいていく。銃を構えた男が数名、樹木を盾にして身を潜めている。しかしそいつらが隠れているのはあくまで交戦中の隊員に対して。つまり、俺の方からは無防備な体が丸見えだ。交戦中の相手に気を取られている奴らは俺に気付かない。気配を殺して忍び寄るのも頸動脈を切り裂くのも造作なかった。

 始末した者以外に襲撃者はいないようだった。気配を殺すのを止めて歩き出す。

 その途端、幾らか離れた一本の木の裏からにゅっと腕が出てきた。その手には銃が握られている。まだ残っていたか。横に跳んで射程圏から外れながら木の陰へと身を隠すのと、銃声が響いたのがほぼ同時だった。

 ここまで使用された銃は全てサイレンサーがつけられており、隠されない銃声は一度も聞こえなかった。つまり今の人物が銃撃戦に参戦したのは今が初めて。そして一瞬ちらりと見えた腕。安っぽい革に安っぽい装飾具、筋張っていない手に毒々しい真っ赤なマニキュア。



「う“ぉおい!ちゃんと標的確かめてから撃てぇ!」



 あっ、とさっきの木の辺りから小さく女の声がした。カコだ。続いてずずずず、と何かを擦るような音。



「…何やってんだぁ」



 ぬかるんだ土が引き止めるように靴の裏に張り付く。嫌な予感がした。次の瞬間、木の陰から真黒な塊が地面へ倒れこみながら姿を現した。ぐちゃり、柔らかく腐葉土に体の側面を埋めたカコの腹の辺りは真っ赤に染まっていた。

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