君と死ねる明日

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「でもまあ、何が一番愚かしいって、こんな考えをスクアーロに話して昇華しようとしているあたしが一番愚かしいんだけどね。」



 そう締め括って、カコはほぅ、と小さく息を吐いた。



「監視屋が失敗したなんて知られたら困るから、相当苦労して事件を回収したみたい。ヴァリアーへの依頼も別のファミリーの名前使ったり色々工作したらしいの。でも、あたしはそういう工作のことを一つも思い出せない。代わりに、スクアーロの言った言葉を一字一句覚えてるよ。」
「…」
「だって、あたしにとっては一大事だったから。スクアーロにとっては大したことないよくある任務だったから覚えてないだろうけどさ、」
「…いや、覚えてる」



 スクアーロが呟く。カコは意外そうに眉を上げる。

 人質の救出と言う任務自体は、確かに珍しいが無い訳ではない。数多の任務の中から、言われて初めて思い出すレベルではあるものの特にそれを覚えていたのは、他でもないカコとの会話のせいだった。

 一字一句、と来たか。唐突にスクアーロは「はあ”ぁぁあああ」と息をついて眉間を抑えた。



「え、何ですか何ですかスクアーロさん何なんですか、思い出して溜め息って、止めて下さい本当にもう。」
「…救われた人間、なぁ。そんなことを言ったのか」
「言ったよ、その時のトーンまではっきり覚えてるもん、再現してあげようか」
「いらねぇよ止めろ」



 そう、とあっさり引き下がったカコは小さく肩をすくめ、視線を落とした。その先に広がる苺とクッキーの地獄絵図をみつめ、美味しそう、と一本調子に呟き、ようやっと口へと運んだ。彼女の表情を見る限り、味は悪くないようだ。



 スクアーロはもう一度、音を殺して息を吐く。言葉の形で残る記憶と言うものはどうしていつまでもこう生々しいのだろうかと、感慨交じりの疑問を載せて。

 ああそうだ、確かにあの時俺は、『救われた人間』と言った。少なくともそういう意味のことを言った。しかしそれは、決して彼女に対して何か伝えようと思った訳では無かった。

 ボンゴレリング争奪戦の雨戦、敗北、山本武とのやり取り、廃屋と化した校舎、人食い鮫、水中に滲んでいく己の血、暗転する世界、そして、敵の情けによって自分が救われたことへの、虚無感。全身を拘束されながら激しい怒りと、訳のわからない感情に追い詰められた。

 任務先でカコと出会った時、自ら抜き身の剣の前に身を投げ出そうとしたカコの姿を見た時、自分に似ている、と、そう思った。覇気の無い双眸の中に、誇りの断片を見た気がした。他人の手に救われるくらいなら、誇ったまま命を絶やしたい。痛切なまでに理解できたからこそ殺す気が失せた。

 スクアーロに任された任務は、カコの救出ではなかった。カコについての指令と言うものは一切なく、ただ情報を守るための、殲滅とだけ。つまり失敗したカコの生死など彼女のファミリーは問題にしなかったのだ。

 それでも自分は、彼女は生かしたくなった。



 その時の少女が、今目の前に居る。黙々と、元は苺タルトだったものを頬張っている。



「なぁ」
「ん?なあに?」
「まだ、どん底かぁ?」
「もうすぐ這い上がるよ」



 不敵に笑って見せたカコの口の端には苺ジャムが付いている。迫力も何もあったものではない。俺はこんな光景が見たくてわざわざタルトを買ってきたわけではないのに。

 けれど、そうだ。元苺タルトの咀嚼を再開したカコに目を戻す。

 這い上がったカコは、見てみたい。

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