君と死ねる明日

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 偶々通った道に見かけない店が出来ていた。

 悪趣味なまでに少女趣味なその店はドルチェを売っているようだった。未だにヴァリアー邸に寝起きしている、これとはまた別の意味で悪趣味な少女を想い浮かべる。カコがこんな場所に来たら間違いなく浮くだろう。その図の滑稽さが、割りと気に入った。一つ、嫌がらせに買って行ってやろう。こんなことを考える自分もそれなりに悪趣味なのかもしれない。

 スクアーロが自分だってその中に入れば異質なのだと気付いて、女性ばかりの店内で激しく後悔するのは、それから3分後の事。



    *   *   *



 カコに与えられた部屋は、流石部外者、ヴァリアー邸の端も端の小さな部屋だった。両手の塞がったスクアーロは取り敢えずドアを蹴りつけてみる。ややあってはぁいと返事が返ってきた。ぱたぱたとスリッパらしき音、扉が内から開かれる。

 途端に流れ出す紅茶の馥郁とした香りに、右手にぶら下げた紙袋の中身を見透かされたような、不気味な感覚を覚える。だがそんな物より何より、扉を開けたカコの姿にスクアーロは一瞬呆気にとられた。



「うわあい、スクアーロじゃん!珍しいねぇ、あたしがこっちに来てから初めてのお客さんだわぁ!丁度紅茶を入れてたんだ、多めに淹れといてよかったよ。狭い所だけどソファにでも座りたまえよ」
「別にここで済む用事なんだが、」
「まぁまぁ、入った入った!」



 テンションの高いカコに圧される様に部屋に引き摺りこまれる。まるで初めて友達を家に招く子供だ。友達でも子供でもないスクアーロは予定外の状況にどうしたものかと頭を悩ませつつ勧められたソファに。カップやら何やらの準備にあっちこっち動き回るカコの背中を眺める。

 スクアーロが驚いたのは、カコが普段の冗談のようなメイクも悪趣味なコートも無しに、そこらへんにいる一般人のような出で立ちだったからだ。しかも淡い色のワンピースときた。裾に花柄の刺繍まであしらわれている。白黒のTシャツに髑髏のプリントでも入っていればまだ受け入れやすかったかもしれない。どぎつい容姿と言うものは得てして固定観念を生む。室内でコートやメイクを身に付けないのは普通に考えれば当たり前の事なのだ。真っ赤な短髪だけが相変わらず悪目立ちしている。

 こうして素顔のカコを見ると、本部の人間が揃って彼女に気付かなかったのも納得がいく。あのメイクは、もはや顔の上にまた別の顔を描き足しているようなものだった。瞳の色もカラーコンタクトでもつけていたのだろうか、今は殆ど黒と言ってよい焦げ茶色。あの異様に攻撃的な顔とこのありきたりで穏やかな顔を同じものとして認識することは、しかも髪型さえ様変わりしていれば、多分自分だって出来ないだろう。

 紅茶を机に並べ、カコもスクアーロの向かいに腰を下した。微妙な表情で自分を眺める来客に、何を思ったか急に笑い始める。



「う”ぉおい、何がおかしい」
「うん、ははは、いや、そんなにあたしの格好が面白かったかな、って思って」
「正直本当にお前なのか疑ったぜぇ」
「そりゃあそうだわ、ひひひ」
「…」
「…で、スクアーロさん、ご用件はなんでしょうか」



 まだ笑いが治まらないカコに向けて、スクアーロは大きめの茶封筒を突き出した。首を傾げながら受け取ったカコだが、封の裏面に捺されたエンブレムを見てあぁと声を上げる。



「ザンザスから、お前に渡してこいと言われた。」



 そこに捺されていたのはカコが属するファミリーのエンブレムだった。カコ受け取ったそれを碌に確かめもせずにデスクの端に放った。



「悪いねスクアーロ、こんなものを届けて貰いにわざわざ来てもらっちゃって」
「全くだぁ」
「まぁまぁ、お詫びだと思ってこの紅茶を飲んで休んでいきなよ」
「…」
「ああ、大丈夫、自白剤とかその手の物は入れてないから。あたしの力をもってすればそんなせこい手がなくともちゃーんと調査出来ちゃうのですよ」
「…」
「え?そんなに怪しい?」



 まあ、そりゃあそうなりますけどもぉ…と唇を尖らせるカコの前に、紙袋を突き出す。無言で受け取る様促すが、いまいち伝わっている感じがしない。仕方が無いから彼女の目の前にそれを置いて、てめぇにやる、と言う。可愛らしい紙袋をそろそろと開こうとしているカコは以外に様になっている。ごてごてと塗りたくられていない目が見開かれる。中身は、店舗と同じように悪趣味なまでに少女趣味な装いの苺タルト。それが、カコのワンピースの刺繍と同じ色だと気付いて、少し頭が痛くなる。

 カコとドルチェという違和感ばかりの組み合わせを笑いたかったのに、そのカコがこんな格好では目的に適わない。しかしだからと言って持ち帰った所で甘いものがさして好きではない自分では持て余してしまうのだから、彼女にやってしまうのが一番だろう、不本意だが。



「ありがとう、今食べてもいい?」



 本当は、お前が食べる姿を笑いに来たんだが。そうは告げずにただ頷いてやる。カコは皿を取りにまたぱたぱたと席を離れた。


「スクアーロ、半分こしよう」
「いらねぇ」
「本当に食べないの?」
「何が悲しくててめぇとクソ甘いもん分け合わなきゃなんねぇんだぁ」
「クソ甘いって…」



 大体、タルトは一つしか買ってきていないのだから聞かなくても分かるだろうに。

 一揃いの皿とフォーク、箱から出されたタルトが移される。ソファに腰を落ちつけてジッとタルトを見つめているカコは手にしたフォークを器用にくるくると弄んでいる。そんなことをしていないで早く食べればいいものを。今更行儀がどうとか言うつもりはないが、手にしたもので遊んでしまうのは彼女の癖なのかもしれない。



「それで、スクアーロが来てくれたって言うことは、あたしの話を聞きに来てくれたの?」
「まあ、ついでだがなぁ」



 くすりとカコが頬を緩めた。わざわざこうして手土産を持ってきながらついでだと言うスクアーロがおかしかった。流石にあからさまに笑って怒らせてしまうのもなぁ、と口の端を上げるだけにとどめる。



「丁度良かった。今ねぇ、何となく頭の中が纏まり掛けてたような気がしたから、今ならなんとか言葉に出来るかもしれない」



 カコが小さく息を溜めた。



「あたしは、逃げたいんだよ」

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