君と死ねる明日

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 問えと言われて素直に尋ねた。問えと言った本人は黙り込んだまま、グラスを弄ぶ手を止めない。ならば、もっと明確に提示してやるしかないだろう。



「何故、独立暗殺部隊ヴァリアーに派遣されたのが、てめぇみてぇな戦えない腑抜けなんだと聞いたんだよ」



 ヴァリアーの面々はいずれ劣らぬ猛者の集まりで、攻撃的な性格の者も多い。仕えるのは義理や人情などではなく主と認めた主人のみ。目的の為ならどんな汚い手だろうが使うし、それを汚いとさえ思わない。裏の世界の者たちさえ敬遠するものも多い。そこに単身で監視につくのだ、相当の戦闘力が無ければ護身さえままならない。ちょっとした小競り合いでも相手がヴァリアーならば命取りになりうる。



「それなのに、てめぇが来た。てめぇが実戦でまともに戦えねェのはついこの間目にしたばかりだぁ。てめぇが今まで請け負ってきた任務も、どれも穏健派のファミリーばかり。なぁ、監視屋に任される仕事のうちそんな生温いもんがどれだけある?戦えないてめぇをわざわざ選んで指名してるとしか思えねぇ」



 暇を持て余す様にグラスを弾いていたカコの手が止まった。ほぅ、と小さく息を吐く。



「…凄いね、流石は無く子も黙るヴァリアー、情報網に死角は無しってか。」
「んなもん少し調べればすぐわかる。話逸らしてんじゃねぇ、答えろぉ」
「あれぇ、スクアーロ、話したきゃ話せって言ったよね?と言うことはこれは尋問じゃないんでしょ?」
「…」
「…なんつってな。そこまで調べてくれて、その上聞いてくれたんだ。ちゃんと答えるよ。この任務ね、実はあたしが自分で志願したの。他に志願者が居なかったってのも理由と言えなくも無いけど…」



 すっと顔の前に差し出された手はゆるく開かれており、カコは一本ずつ指を折りながら理由を挙げていく。



「一つ目、あたしの諜報能力が十分だから。二つ目、個人的にスクアーロにお礼を言っておきたかったから。スクアーロの疑問だったあたしの戦闘力不足の話だけど、こっちに来る前に十分調べて、大丈夫だって確信が持てたから来たの。」
「…本当に、それだけかぁ?」



 視界の端で、カコの表情が微かに歪むのが見えた。鳩尾を殴られた時の顔と少し似ている。力の抜けた唇が数度迷うように開き、閉じ、また開く。一瞬彼女が泣きだすかと思った。けれどカコはただ、少しだけ口角を上げて笑顔を張り付けなおした。スクアーロが嫌う、例の笑みだ。



 
「ごめん、まだ、話せないみたい。まだ、なんていうかな、あたしにもよく分かって無いんだよね。いっぱいいっぱい考えてるつもりなんだけど、なぁ」



 そのくせ、声ばかりが震えている。本当に中途半端な奴だと思う。隠したいのならば完璧に隠せ、そうでないなら無駄なことはするな。そのどっちつかずで、どこか諦念の滲む態度が、それなのに何かに縋りつきたくてたまらないと言うように不安定な様子が、堪らなく不愉快だった。

 カコに感じた不快感の原因は、きっとそこから生ずるのだろう。分かった所で、何一つ解決はしていない。

 遠慮もせずに舌打ちをしたスクアーロをどのように解釈したのかは分からないが、カコはゆっくりと眉尻を下げて言葉を続けた。



「でもよかったら、もしスクアーロが良いよって言ってくれるなら、またいつか話を聞いてほしいな。もっとちゃんと、自分の中で整理が出来て、言葉に出来るようになったら、きっと。あ、今度は面倒くさい手順なしで、普通にお茶とかに誘ってね」 




 爽やかな笑みを一つ残してカコが席を立った。カクテル一杯ぶんの料金をカウンターに置き、ひらひらと手を振ってあっという間に店を出て行った。



「…ったく、出されたもん位飲んでけよ」



 カコが一切手を付けなかったカクテルを一気に仰いで、スクアーロも席を立つ。もうここに用は無い。



「…踏み込みが浅かったかぁ」

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