君と死ねる明日

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 差し伸べられた手がある。掴めなかった自分がいる。

 いつだって瞼の裏を透かして浮かぶのはたった一つの手と、その向こうに私を見つめる人間がいたという事実。その手が私を引いて行ったかもしれない、どこか、もしもの可能性の存在、消滅。そして、今もなおその手が、私の目の前で揺れていること。

 掴む訳にはいかない。私はまだ、きっと…

 爪を掌へ喰い込ませて、さあ、今日もお仕事の時間だ。




『君と死ねる明日』



 長らく任務でヴァリアー邸を離れていたスクアーロは、一歩正面玄関をくぐった瞬間屋敷を覆う違和感に射すくめられた。

 仕事柄、何処へ行こうが付きまとう不信の目や敵意には慣れっこになっていたが、それはあくまで外部での話。技量は違えど同じ主の下に集うこの屋敷の中で、その負の感情はもういくぶんさっぱりとしたものだった筈だ。

 違和感、と言うには生温い。これは明らかな異常だ。



(…ったく、これを無期限に耐えろってか?クソがぁ、大概にしやがれ)



 潜める必要も無い足音を可能な限り荒々しく、執務室に戻ったスクアーロを待っていたのは、他の幹部から盥回しにされた書類の山と、もう一つ、



「お!あんたがスペルビ・スクアーロだな!あたしはカコ、これからよろしくな!」



 余りにこの場所にそぐわない部外者。

 年の頃は17かそこら。裏社会の人間の中には奇抜な容姿を好む人間も多いが、カコと名乗った人物もそのタイプに違いなかった。毒々しいほど紅く染め抜かれたショートヘアと同じ色の瞳、耳たぶにいくつも光るピアス、どこのステージに出るのか聞きたくなるような余りにも派手過ぎるメイク。裏の人間らしく一応黒装束は身に付けているが、ロングコートの過多な装飾具は明らかに実戦では邪魔になるし目立ってしょうがない。

 攻撃的な容姿とは裏腹に声と表情は底抜けに明るかった。差し出された手は握り返すことを求めているようだが、生憎スクアーロの脳内にそんな当たり前の選択肢は無かった。ただ不快感も露わに「勝手に入ってんじゃねぇぞクソが」と吐き捨てる。そんな対応を受けても、目の前の邪魔者、カコは一向に気にならないようにあははと笑う。

 職業柄、スクアーロはこの手の装飾物で己を飾り立てる人間は飽きるほど見てきたし、今更それに対する感慨など浮かびようも無い。

 けれど、どうしたってこの、目の前の人間を受け入れる気にはならない。



「う”ぉおい、カコと言ったなぁ。俺はてめぇなんかとよろしくやる気はねぇ。死にたくなきゃとっとと失せろ」
「ごめんなー、それは出来ないんだわー。こっちも仕事なもんで。<監視屋>だってただじゃおまんまは食えないからね」



 お互い難儀だねぇ!うはははと笑う。その口を、裂いてやろうか。任務後に義手から剣を外してしまったことを今更後悔した。

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