鮫夢2

□6月16日_______
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 六月十五日。12時ちょっと前。湿度は高め。部屋まで送ってくれたスクアーロを引き止めてから、1分以上も沈黙が続いている。
なんだぁ、と首を傾げる彼はいつになく穏やかな表情をしている。だからつい決心が揺らいでしまう。けれどだからこそ、スクアーロがこんなに優しいからこそ、私は躊躇ってはいけないのだ。ギッと挑むように睨みつけて私は、一字一字はっきりと発音していく。

「君が好きだ」

 その瞬間、私たちの終わりが確定した。きっと、酷い顔をしていたと思う。そうかとただ頷かれるか、そんなことは知っていたと流されるかと思っていた。けれどスクアーロはぎゅっと眉を顰めて、低く唸った。

「だから、なんだってんだよ」
「だから、一回だけキスしてよ」

 お願い、とちっとも頼んでいないような口調は予防線。縋って縋って振り払われるくらいなら、私は縋りたくない。こんな終わり方もありなんじゃない? 胸中でニヒルに笑ってみる。
 うるさい、黙れ。そうやってかっこつけてるから、こんなことになるのだ。ぴしゃりと卑屈な囁きをはねのけて、私を睨み返すスクアーロを見上げる。スクアーロは動こうともしない。
 これ以上黙っていたら、泣く。それだけは許されない。やけくそ気味に距離を詰めて、スクアーロの生身の方の手を取った。無理矢理指を交互に組ませて、そのまま思い切り手前に引く。流石にその程度でバランスを崩すスクアーロではなかったけれど、微かに体幹がぶれた。手を引いた反動で空いた手を思い切り伸ばしてスクアーロのうなじにかけて、伸び上がる。至近距離で視線がかち合った。感情は、読めない。
 そこまでしても、拒絶はされなかった。だから、余計に悲しかった。
 少しだけ躊躇って適当に唇同士をぶつけてすぐに離した。長い間憧れていたはずなのに、感触なんてわからなかった。それでもまだドキドキしている自分が憎くて哀れだった。

「……結局、するんじゃねえか」
「だって、良いよって言ってもらいたかったし、それに、」

 キス、本当は、してほしかった。言葉には出さなかったし、伝えるつもりもない。

「……ありがとう」

 ありがとう、でももう、さよならだ。言動が粗雑な癖に優しい君は私の好意を受け入れてくれるけど、でも、もうそれだけじゃ足らないんだ。君からの好きがなくちゃ、生きていけないんだ。君に抱きしめてもらえなかった体で生きていくのは、もう疲れたんだ。
 おやすみ、とつけたすように呟いて、扉を閉ざす。また明日なぁ! と一枚隔てた向こうから大きな声が響くけど、声を出したら嗚咽がばれるから返せない。
 さよなら、さよなら。私たちに、もう明日は無いよ。
 最後は、君に想われる夢が見たいなぁ。嚥下する睡眠薬一つ一つに祈りを込めて、毛布にくるまった。

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