鮫夢2

□恣意的_______
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 ずっと、スクアーロになりたかった。

 それは勿論美しい彼の容姿だって羨ましいけれど、一番羨ましかったのは彼の生き方だった。誇りだった。あんな風に生きたかった。だからスクアーロになりたかった。

 でも、でもだからと言って、こんな形で叶った夢なんか夢は夢でも悪夢としか言いようがない。いや悪夢の方がいい、魘されて目が覚めたらいつも通りの現実が出迎えてくれるのだから。



「嘘、でしょ…。嫌、嫌だ、私絶対こんなの認めない、認めないんだから…」
「う”ぉおい、俺の声で”私”とか言うなぁ!気色悪ぃ」
「スクアーロこそ私の声でう”ぉおいとか言わないでよ、もう、何でよ…」



 そう、スクアーロと私の中身が入れ替わるなんていう冗談みたいな展開、誰も望んじゃいないのだ。望んでいないのにやって来る現実の、なんて非情なことか。私の顔が私の声で怒鳴ってるせいで目が覚めるなんてもう二度とやりたくない。何より反応に困ったのがこの体の持ち主が前日半裸のまま寝て居やがったことで、つまり目覚めて自分の顔の次に見たのがまあそう言う訳で、もうぶん殴って気絶させてやろうかと思ったけれどこの場合誰を殴るべきか分からず仕方なしに壁を蹴りつけた。壁の方が凹んだ。暗殺部隊次席おっかない。

 そうして混乱しつつも隊服を引っ張り出して来て何とか落ち着いて、今に至る。



「でも、なんで突然…別に私たち頭ぶつけたり変な薬飲んだりそういう怪しいことは一切してないのに…」
「…まぁ、ほっときゃあ戻るだろぉ」
「いつ頃…?」
「さぁなぁ」
「うわぁぁあああん」



 声を上げて泣く私(が入ったスクアーロの体)をスクアーロ(が入った私の体)が複雑そうに見ている。流石に落ち込むことくらいは許してくれるらしい、寛大だなあ。ちなみに泣いてはいるけれど涙は出ない。

 目を上げる。私の体、つまりスクアーロと目が合った。スクアーロが中に居る私は、酷く落ち着いていて自信に満ち溢れて見えた。それだけで、いつも鏡で見る私よりも輝いて見える。羨ましい。羨望の念がまた、ふつふつと胸の奥から湧きあがって来る。スクアーロになりたい。あんな風に生きてみたい。

 ふと思い立って鏡を確かめてみると、どうにも情けない表情のスクアーロが一人。憂鬱になる。

 例えば私が髪を伸ばしたりヴァリアーに入ったり剣を手にとったり上を目指したりしたのは、スクアーロになりたかったからなのに。これだけやっても追いつけないのかと言う想いと、これしかやってないから追いつけないのだと言う想いがゆったりと私を押し潰す。



「なぁ、そんなに俺が嫌かぁ?」
「ううん、好きだよ。でも、なりきれないから嫌なんだ。」



 私はスクアーロが好き。好きでもないものに、どうしてなりたいと思うものか。

 ボスについて行くと決めたスクアーロが好き。その忠誠が単なる自己の埋没の手段なんかじゃなくて、絶対的に自分に自信が有って、その自分が認めた相手だからこそ付いて行くと決めた、と、そんな心構えと言うかスタンスが好き。

 平気で左腕を斬り捨てたスクアーロが好き。初代剣帝の強さをきちんと理解していたからこそ、自分が剣を極める為に必要なのだと考えて、剣を持たない時の生活と一緒に左腕を切り落とした。そんな一途さが好き。

 そして好きで好きで好きで仕方が無いスクアーロの、体だけがあった所で意味が無いのだ。鏡に映るものが答えの全てだ。



「うん、私はスクアーロが好きだ」
「…それ、元に戻ってからもう一回言えよ」



 心持ち頬を染めながら苦笑するスクアーロ(が入った私の体)を前に、ああ、このままずっとこの人を憧れて追い続ければ、いつかはこんな私になれるのだろうかと、どうにも恣意的な慕情に私も苦笑するしかない訳です。

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