鮫夢2

□ポジション_____
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(コンタクトレンズ__の続き的な)




 コツリコツリ。ヒールが刻む軽やかでリズミカルな音の連なり。暗殺者にとって足音を聞き分ける能力は欠かせない重要スキルで、熟達してくるとこれでターゲットを識別出来るようになる。顔や髪型と違って、歩き方の癖はそうそう変えられないものだから。

 そう言うわけで実は、この部屋の前で立ち止まった足音の正体はドアが開かれるずっと前から分かっていた。軽やかなノック音の後許可も待たずに入ってきたのはやっぱり美しい女の人で、めんどうくさいなぁ、と思う。でもそれを口に出せば更にめんどうくさいことになるからなんとか堪えて、ただ一言、「隊長は現在外出中です」とだけ伝える。



「知ってるわ。だって私が彼を呼び出したんだもの」



 ふわり。精密に揺れる角度まで計算された長い巻き髪を後ろに払い、美しい人が笑う。それから「あなたに、用があるの」と。



「私のような平隊員に、あなたのような方が一体何のご用でしょうか」



 声色一つ変えずに言い返せば、美しい顔が微かに歪む。この人は演技は上手いけれど、忍耐がちょっとばかり足りていない。さてどうするつもりだろうと眺めていると、美しい人はどこからともなく一丁の拳銃を取り出した。黒光りする銃身が白い肌によく映える。



「どうなさるおつもりですか?」
「しらばっくれないで。手紙、読んだんでしょう?」
「ああ、あの脅迫文はあなたでしたか」



 とか言って見せるけれど、まあ犯人は分かっていた。だって、『それ以上スクアーロに近づいたら殺してやる』なんて文章、他に書く人間がいない。いるとしたらその文章は私ではなく、スクアーロ隊長の愛人である彼女に送られるはずなのだから。



「一体何が不満なのですか?隊長に愛されていながら、なぜわざわざ私にこんなことをするのですか?」
「気に食わないからよ」



 耳に心地よい声で吐き捨てた彼女は、拳銃を手にして余裕が出来たのだろう、また美しく笑ってみせる。



「私はあなたの腐った根性とやり口が気に入らないわ」
「何のお話か分かりかねます」
「本当は頭なんかこれっぽちもおかしくないくせに情緒不安定ぶってスクアーロの気を引こうとしているところよ!自分に自信が無くてプライドも何もないからそんなことができるんだわ!ああ、そんな人間に騙されているスクアーロが可哀想!」



 かわいそう!もう一度繰り返した彼女が私を睨み付ける。彼女が更に眉根を寄せたのは、私が思わず吹き出したからだ。



「あら、随分面の皮が厚いのね?」
「いえ、余りに突拍子もないお話で愉快だったもので。」
「あなた、ちゃんと聞いていたの?」
「ええ。つまりあなたは、自分より私のほうが隊長と過ごす時間が長いことに妬いているのでしょう?執務室も同じ、任務もほとんどがツーマンセル、恐らく私以上に隊長と時間を共有しているものはいないでしょう」



 汚れたものを見るように見下ろす彼女は言い返さない。それはつまり図星ということだ。愚かしいな、と思う。何よりこうして、自らの愚かさをわざわざ私の前に晒しに来たことが。



「もういいですか?まだやらねばならない仕事が残っているので、帰っていただきたい。」
「まだよ。」
「じゃあ、そんなに私が羨ましいんなら、その手で奪い取ってみろよ。」



 一息で拳銃を引き出し、美しい人に向ける。今まで動揺しなかったのは、向こうがハンマーを下ろして撃つまでの間にこちらは銃を抜くところから初めても先に眉間をぶち抜ける自信があったからだ。精鋭揃いと言われるヴァリアーの中でも群を抜く私だ、ちょっと齧っただけの素人に負けるはずが無い。勿論、めんどうごとを避けるために構えているのは麻酔銃なのだが。

 そんなことはこれっぽちもしらない彼女は、驚くほど簡単に着飾った表情をかなぐり捨てる。優劣が逆転したと思っているらしい。けれど私はそんなにお優しい人間じゃないから、止めの言葉だって躊躇わない。思い切り極悪面で笑ってみせる。



「私だって、あんたが気に入らない。そうやって悲劇のヒロインぶってるけど、じゃああんたは、隊長の横に立つために何をした?私には何もしてないように見える。隊長が私を手元に置くのは哀れみや優しさじゃない。ただ私が便利だから、優秀だから。ねぇ、この場所がほしいの?今更、容姿じゃ隊長の一番にはなれないと気付いたの?遅すぎ。隊長の一番は、いつだって剣とザンザス様と、隊長自身だ。本気で隊長と一緒に居たいなら、私以上の才能を以て、私以上に努力してみろよ。ヴァリアー幹部と比肩する実力をつけてみろよ。自分に自信が無い?そう見えるならその目は節穴だ。私は私の能力に自信がある。だから例え隊長は私を嫌っても、手放せない。私以上の人材はいない。」
「ふぅん。あんた、そんなこと自分で言って虚しくならないの?」
「何故?」
「うふふ、あははは!あなた今、自分には能力『しか』ないと認めたじゃない」
「それ以上の何が必要?いい加減無い物ねだりはやめろよ」



 美しい人というのは、顔を歪めても美しいものらしい。

 細かい動作から次のアクションを読むなんてお手のもの。彼女がハンマーを下ろし切る前に麻酔針を打ち出した。崩れる彼女から一応銃をとりあげる。まだ意識が残っているらしい彼女が小さく悪態を吐いている。さて、この口と同じくらい耳もしっかりしてくれてればいいけど。



「ねぇ、私もあんたも、よく身の程を弁えた賢い女でいるべきだよ?私には才があって美しさが無い。あんたには美しさがあって才がない。それが不満なら、私じゃなくて隊長に聞けばいい。私とあなたは始めから同じ秤には乗らない。重みが違いすぎる。隊長は、私を選ぶ。」



 このまま床に転がしておくのも不愉快だから、仕方ないと横にしたまま抱き抱えて運びはじめる。隊長の部屋にでも転がしておこう。そのあとのことは知ったこっちゃ無い。



 両手がふさがったままでは扉を開けないことに気付いたとき、丁度扉の方から開いてくれた。自動ドアではない。隊長様のご帰還である。私の腕の中を見た隊長が何か言う前に説明してしまう。



「正当自己防衛です」
「だろうなぁ」
「そういうことで、これ、運んどいてもらえますか?ここにあると気が散るので」
「これ、って、お前なぁ…」
「私は彼女のことを隊長の所有物としてしか認識していませんので」



 それじゃあお願いしますね、とそれ以上の会話は打ち切ってデスクへと戻る。後ろで聞こえたため息には応答しないし、そもそも隊長の蒔いた種である。



 これが、私と隊長の距離感だ。これ以上は望まない、だって私は愛される努力を何一つしていない。生まれ持った才と叩き延ばした能力、ただそれだけが、そしてそれこそが最強の、私がここにいるための武器。

 やだ、私ったら本当に賢くて、身の程を弁えてるわ。彼女を抱えて隊長が出ていった後、一頻り狂ったように笑ってから、再び作業に戻った。ここに居たいなら、進み続けるしかないのだ。



ポジション
絶対奪わせない、っていうか奪えるもんなら奪ってみやがれ

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