鮫夢2

□理想とは程遠い___
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 ごめん、とありきたりに突き付けられた拒絶は、今まで他人からの愛を余りに適当にあしらってきた俺への報いなのかもしれない。

 適当に責任を転嫁している俺はたった今失恋したらしかった。そんなことをしたって、結局残るのは彼女にとって俺が然程魅力的で無かったという事実だけだってのに。

 何より致命的だったのは、俺自身がそれを見誤っていたと言うことだった。それなのに俺はまだこんなに偉そうに、腕を組んで、不機嫌そうに見下ろして、そんな態度しか取れない。それはそうするのが一番自分に似合うことを知っていたから、いや、それしか似合わない事を知っているからだ。傲岸不遜、自信過剰。紙一重で魅力として捉えられてきた態度が何の役にも立たないことが分かっているのかいないのか、俺の口はまた勝手に動き出す。



「…理由は?」



 俺じゃあ駄目な理由を聞かせろ。星の数ほどあるに違いないその理由のうち、俺が納得できそうなものを選んで解説してくれ。どうせ惨めさが益すだけだろうが、武士は食わねど高楊枝とか言う、まあそんな虚勢。

 その上俺は、短所を指摘されたって直すつもりなんかさらさら無いのだ。俺は案外馬鹿かもしれない。

 彼女は小さく俯いた。黙秘権を行使するつもりか。それは俺への優しさだろうか、なんていう夢想は気休めにもならない。俺は既に自分の質問を後悔しはじめている。

 考え込んだくせに、返ってきた答えは明快だった。



「だって、スクアーロを好きになる理由が無いんだもの」



 明快すぎて、気分が沈む。

 おっと、これは来た、無表情に全否定か、いっそ清々しいな。

 胸中で虚勢を張ってみる。そろそろ限界だった。ここらが賢い大人の最終防衛ラインだ。いくら俺が止まったら死んでしまう海洋生物の名を冠していても、引き際位心得ている。その程度には大人なのだ。問題は、如何にスマートに「無かった事」にするかだ。

 ポーカーフェイスで口を開く。



「じゃあ、てめえが言う「好きになる理由」ってのは、何だ?」



 前言撤回。退ける筈が無かった。潮時なんてとっくに見失っていた。

 安全に撤退するためには、もっと早い段階で気付かなければならなかったのだ。例えば、条件反射で目が彼女を追うようになる前とか。

 大人なら何だって知ってるなんて幻想で、大人だって下らない質問をするし、動揺するし、理解できないことがある。



「出来るだけ、ロースペックであること。スクアーロじゃ完成しすぎてる」



 そう、たとえば彼女の言わんとすることとか。



「…意味わかんねぇ」
「私は、ただ純粋に愛によってのみ人を愛したいの、愛し愛される魂を愛したいの、そんな無償の愛こそが理想なの。無償に愛せる、そんな私を愛したいの。」
「う゛ぉおい、説明になってねぇじゃねぇかぁ」
「だって無償に愛するためには、愛すべき特徴なんてものは却って邪魔だもの。だからあなたの強さも、優しさも、綺麗な顔も、覚悟も、愛しいまでに過剰な自信でさえ、私があなたを好きになるには邪魔なものなの。」
「それじゃあ、もし俺が、今てめえが挙げたものを全て投げ出さない限り、駄目ってことか?」
「それでも、駄目よ。そんな一途さなことをされたら私は、それじゃああなたそのものじゃなくて、あなたの純粋な性質を愛してしまうわ」



 彼女の言葉に、なあ、大人だって絶望するんだ。

 ああもう、これは本格的に詰んだ。無理だ。不可能なことほどやり遂げたくなる性質だが、もうそんな次元ですらねぇ。今の俺も駄目、変化することも望まない、ならばどうしろというのだ。

 どうしろと。



「なぁ」
「何」



 彼女の表情に緊張が走る。それは、自信を誇示するようにゆったりと声をかけた俺に警戒したからに違いない。良い判断だ、流石は俺が見込んだだけのことはある。



「心配すんな。てめぇは俺を買い被っているようだが、生憎俺はてめえのために自分を変えるつもりはこれっぽちもねぇ。」



 一歩詰めただけで彼女の無表情は容易く崩される。まだまだだなと密やかに嗤う。

 突破口がなければ斬り拓くのみだ。俺は、俺のやり方しか使わない。



「確認する。てめぇは無償に人を愛したい。しかもそれは他の何の為でもなく愛することそのものに価値が無くてはならない。」
「ええ」
「そんなら、てめぇの出した条件は随分的外れだなぁ。『ロースペックであること』?ふざけんな、それだって結局は『外側の』条件じゃねぇかぁ。」
「…!」
「だからてめぇの理想はつまり、愛以外の全ての価値を度外視し、無効化するってことなんだろぉ?なぁ、それで間違いねぇよなぁ?」



 この時俺は確かに勝ち誇っていたと思う。カウンセラーぶって彼女の思想の矛盾を指摘するふりだって出来たが、敢えてやらない。だって俺は、彼女の拒絶に綻びを見つけてそれに付け込むのに忙しい。

 ここまでくれば二者択一だ。その一、自己矛盾には気付かないふり、その二、譲歩して、俺に丸々迎合。後者にはもれなく放っておけないオプション付きだ。

 どうなんだぁ、と急かして、ようやく彼女は渋々と、けれど一段悟ったような面持ちで頷く。俺は語尾までさえ待てない。逃がすものか。



「…うん」
「じゃあ、尚更俺を愛せ。全部無効化して、度外視して、俺がてめぇを好いているというただ一点の為だけに俺を愛せ」



 それがてめぇの理想だろぉ?



 あれだけ手放しに褒められて、「その一点」どころじゃなく好かれてることくらいお見通しだ。

 答えられない彼女を前に、俺の完全勝利が確定する。本当は「俺『でも』」ではなく「俺『が』いい」と言わせたいが、一先ず妥協だ。

 良いから、イエスと言えよ。

 ほらな、俺はお前が考えてるほど出来ちゃいねえよ。なんて言ったらまた素直さが美点とか何とか言われるに違いないから、勝手にキスしてまた見下して、お前の望む最低な男を演じてやる。そんな最低な男に堕ちるお前を見て、嗤ってやる。




理想とは程遠い 
 その純粋さなんだよ、とまた泣きそうに言う彼女の言葉なんか聞いてやらないのだ

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