鮫夢2

□嗚呼麗しき日常は__
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「勝負だ、スペルビ・スクアー…痛!何で殴った?!何すんだよ馬鹿!」
「そりゃこっちの台詞だぁ!!ノックもなしにドア蹴破って押し入った奴に馬鹿と言われる筋合いはねぇえ!!」



 スクアーロは持ち前の大声で叫び返してから、粉々に破砕された扉と天音から目を背ける。その態度が気に食わないのだろう、天音は盛大に頬を膨らませる。(勿論スクアーロはそれを見ていない。)



 ボンゴレを震撼させたリング争奪戦から数か月が経過していた。

 謹慎の名目で大量の書類処理に追われるヴァリアーは多忙を極め…ているのは下っ端だけで、力のあるもの程暇と時間を持て余している。



 そんなありふれた、欠伸が出そうなほど退屈な日の午後。



 力を持て余しているのは誰も皆同じ。しかしスクアーロが思うに、一番質が悪いのは天音だ。何故ならスクアーロに絡んでくるから。しかもその内容がいちいち下らないときた。



「だって、ノックしてからドア破砕したってインパクト半減じゃん」
「インパクトの問題じゃねぇえ!つうかノックの問題ですらねぇぞぉお!!……はぁ」



 この通りである。

 疲弊と呆れで構成された深い深いため息が口をついて零れる。天音が侵入の際ぶち破ってきたものといえば、窓、天井、壁、ドア…次は床でもぶっ壊されるのではないか。頭痛は悪化の一途を辿る。



 そこで漸く、スクアーロは悟った。

 もう、無視するしかねぇ。そうだ無視しよう、徹底的に無視しよう。ここには俺しかいねぇ、この部屋には俺は一人、そういうことにしてしまえ。

 修行僧よろしく半眼に目蓋を下ろし、努めて意識から侵入者を締め出そうと試みる。

 俺は剣の手入れをしているんだ天音に構ってやるのはごめんだ、いいから早く帰れよもう。そんな無言の圧力を送りながら。

 しかし、残念ながら天音はスクアーロとテレパシーで通じ合える訳ではないし、心境を察するスキルもどちらかといえば欠如している方だ。

 だから数十秒かけてどうにか気付けたのは、自分が無視されているらしいということだけだった。

 そこからの行動力は、流石は暗殺部隊の行動派といったところか。



「…でいやぁ!」
「っう゛ぉおい!!てめっ、何しやがんだぁああ!!」



 風を切って振り下された剣が、寸で身体を引いたスクアーロの目と鼻の先を通過した。

 鞘から引っこ抜いた剣でスクアーロを斬りつけるというアクションは、確かにヴァリアーに似付かわしい。至ってシンプルかつバイオレンス溢れる行動パターンは、間違いなく幹部連中の悪影響を受け続けた賜物だ。



「勝負だよ勝負。」



 そして何事もなかったような涼しい顔で言い返せる図太さに関してはどこぞのクレイジーな王子の影響に違いない。



「う゛ぉおい、俺はやるなんざ一言も言ってねぇぞぉお!!」
「甘いわね。勝負なんて大概仕掛けた者勝ちよ!マフィアの世界は、先手必勝弱肉強食起死回生五里霧中獅子奮迅臥薪嘗胆疲労困憊初志貫徹馬耳東風三食昼寝付きの厳しい世界だからね!!…わお、一息で言えた」
「意味わかんねぇ!何だよこいつ意味わかんねぇ!つーか三食昼寝付きはマフィアじゃねーし厳しくもねぇよ!」
「問答無用!」



 言葉とともに勢い良く横に薙がれた太刀筋を殆ど反射だけでかわす。それからは、斬りかかる天音とかわすスクアーロの激しい、というより一方的な攻防。

 おふざけにしちゃあ天音の目が真剣すぎる。気を抜いた途端容赦なく斬られるだろう。冷や汗が伝う。危機感から無意識にスクアーロの反応速度は上がり、追うように天音も素早さを増す。

 しかし狭い部屋で暴れ回れば、結果は見えていた。いくら幹部の私室で広いとはいえ所詮は私室。本業の剣士二人が十分に暴れ回れるほどのスペースなどある訳もない。



「くっそスクアーロ!いい加減止まれ!」
「誰が止まるかぁあ!」
「逃げてばっかじゃん!ほら、斬り返して来、…わっ!!??」



 ぶべっ、とかなんとか。情けない声を残して天音が沈み込んだ。床へ思い切りダイブは、流石の暗殺者でも辛い。しかも顔から。

 今まで逃げ回っていたスクアーロも突然の事に思わず足を止めた。天音の足元に転がるインク壺ほどの容器を見れば何が起きたのかは明白だった。天音は、目の前の二代目剣帝に完全に気を取られ、床に放置されていた剣の研磨剤の瓶に足をとられたのだ。

 微動だにしない天音を、微妙な距離を保ったまま様子を窺う。



「…」
「…」
「…う”ぉおい、いい加減起きろぉ。手は貸さねぇからなぁ」
「…」
「俺が手を伸ばしたタイミングで、てめぇが奇襲狙ってやがることぐれぇばればれなんだよ」
「…チッ」
「(舌打ちしやがった)」



 あっさり策略を見抜かれ、天音はごろん、と仰向けになった。

 そして立ち上がり、勝負を諦めてスクアーロの部屋から出て…



「…行くとでも思うか!」
「…いや、期待はしてなかったぜぇ」



 無論、そうではない。

 なにしろ、天音は暇なのだ。そしてスクアーロに構ってほしくて必死なのだ。勝負、と言うのさえも本当はただの口実に過ぎない。

 しかし残念なことに、天音はこれ以上スクアーロに纏わりつく理由を見つけ出せなかった。考えても考えても、出てくるのは一言で却下されそうなアイデアばかり。

 そうこう考えているうちに、余りにもやることなすこと上手くいかなさ過ぎて今度は段々と悲しくなってくる。



 腹を上に向けたままじっと動かなくなった天音が、別に心配になった訳では決してないが、と心の中で言い訳をしながら、やはりスクアーロも少し気にはなる。そう言えばさっき額を思い切り床に打ち付けていたが、打ちどころでも悪かったのか…?などと、なんだかんだいって結局は心配をしている。根は案外世話焼きらしい。



「う”ぉおい」
「…」
「無視かよ」
「…」
「てめぇそろそろ、」
「嫌だ、出て行かないからね、私はスクアーロと遊ぶんだから」
「…はぁ」



 全く、仕方ねぇ奴。

 面倒くさそうに近づいてきたスクアーロに、部屋から放り出されるかと天音は身を固くする。そしてその硬直はすぐさま、



「おらよ」
「…?!」



 驚きによる硬直に変貌した。首根っこを掴んで部屋の外に放り出す代わりに、あのスクアーロが、何と手を差し出してきたからだ。

 スクアーロにしてみれば「良いから早く起きろよ」という意味を込めてごくごく普通に手を貸しただけに過ぎない。天音の網膜の上では妙なフィルターが発動したのは、ただただ天音の責任だ。



「う、そ…(あのスクアーロが、微笑みながら紳士的に手を差し伸べてくれた…!)」
「…は?」



 完全な妄想である。スクアーロは全く笑っていない。どちらかと言えば挙動不審な天音を怪訝そうに見ている。しかし天音がそのことに気付けるくらいの人間だったら、そもそもフィルターなど発動はしないのだ。

 一瞬にして頭の中と目の前が薄ピンクに色づいて花弁が散りだした天音の、頬も微かに色づいている。

 差し伸べられたスクアーロの右手に己の右手を、じれったくなるほどゆっくりと伸ばす。

 後少し、五センチ、そろ、り、

 ぎゅっ、と、痺れを切らしたスクアーロが手を伸ばした。指先が触れあった瞬間天音の肩が軽く跳ねたが、「毎日剣を振り回している割には柔らかい手をしてるもんだなぁ」なんて暢気に考えていたスクアーロは気が付かない。そのまま天音の手を引っ張り、半ば強制的に立ち上がらせる。

 立ち上がらされても何も言わない天音に、やはり頭のぶつけ方が悪かったか、とスクアーロもそろそろ本気で心配になりだす。



「う”ぉおい、」
「…っ!」
「…」



 声をかけただけで体を震わせた天音は、声が頭の怪我に響く重傷人にしか見えない。だが本当は、ときめきが止まらな過ぎて神経が過敏になっていただけだ。



(う”ぉおい、天音の奴、マジでやべえんじゃねえかぁ?!)

 焦る。流石にこれは心配だ。頭は不味い。四の五の言っている場合では、ない。

 それからのスクアーロの行動力も、流石はヴァリアー次席といったところか。



「天音、」
「っ!…な、何、」
「大人しくしてろよぉ」
「え、何が…きゃああ」



 不意に天音の視界が180度回転する。天音はすっかり混乱しているが、なんのことはない。怪我人の天音をスクアーロが肩に担ぎあげているのだ。

 スクアーロが(医務室へ向かって)駆けだして、肩の上の天音も漸く現状を理解し始める。



「(私、スクアーロに抱き抱えられてる…!ちょっと、これ、囚われのお姫様が助けてもらうみたい…!)」



 米俵のように担がれている現状をお姫さまとは、天音以外は思いもしないだろう。



「(え、ちょっと私、スクアーロに攫われてる…!)」
「(頼む、開いててくれ、医務室。いや、仕舞ってても開けさせる。頼むから間に会ってくれ、死ぬな天音!!)」



 心の叫びが、噛み合わない。けれどそれは今に始まったことでもない。いつものことだ。



 二人分の想いを乗せて、暗殺者が疾走する。

 実の所大した事件が起こった訳でもなく、欠伸が出そうなほど退屈な日の午後であることに変わりが無い。しかし本人たちは必死である。命懸けに必死で、少なくともその辺の不出来なテレビドラマの十倍はドラマティックなのである。

 この後医務室に到着して二人の誤解とフィルターが解けるまで、どうやらこの二人に関しては退屈とは無縁でいられそうだ。


嗚呼麗しき日常は
きっと暫しは帰ってこない

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