鮫夢2

□聖人並の偽善者に告ぐ
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 別に大した用事があった訳ではない。ただ、暇なときに偶々天音の部屋を通りかかったから顔を出した。それだけだ。



「よぉ天音、」

「ちょっとなんでここに居るの」

「来ちゃ悪いかよ」



 悪くは無いけど…ごにょごにょごにょ、とかなんとか。

 あぁ、今日俺がここを通りかかったのも部屋を訪ねたのも、もしかしたら天音が俺を呼んでいたからかもしれない。

 だってこういう時の天音は頭ん中に消化しきれない何かを抱えて、堂堂巡りして、逃げられなくなっているのだ。そして自惚れかもしれないが、そんな時に天音と一緒に戦って戦ってやれるのは俺だけなのだ。俺だけだと良いと思う。

 だから、できるだけ素っ気なく、天気でも尋ねるように聞いてやるのだ。



「どうしたぁ」

「…いやね、大したことじゃないんだ。この年になって今更反抗期並みに下らんこと考えてたらしょうもなく憂鬱になったって、ねぇ、それだけなんだけどね。」

「そこへ俺が来た、と」

「うん。まあきっと、マジで下らんからその辺にしとけよって言う神様的何かからのお告げだと思うからすっぱり忘れることにする。」

「で、何考えてたんだぁ?」

「ねえ、私の話聞いてた?忘れることにするって言わなかったかな私」

「どうせまだ解決してねえんだろぉ。そう言うのはなあ、どっかできっちり折り合い付けとかねぇといつでもぶり返すもんだぜぇ?」

「…スクアーロも、ぶり返す?」

「どうだろうなぁ。おら、取り敢えず話してみろぉ」

「笑わない?」

「内容による」

「じゃあ言わない」

「冗談だぁ。真面目に聞いてやっから」



 迷うようなそぶりを見せた天音だったが、最終的には話すだろうと分かっていた。だって天音は俺に隠せない。何でも話す。俺の聞く意志や内容の大小に関わらず、いつだって聞き手に俺を選んできた。

 そして実際に、一度言葉を紡ぎ始めた天音には躊躇いなど無かった。天音の思想なんていつだって筒抜けなのだ。



「私って、悪い人なのかなって。」



 きっと答えを求めているのではない。分かったから何も言わなかったが、内心その質問の無意味さに呆れる。暗殺者を善悪で判別すれば、「善」には転がりようが無い。任務をこなしているから、こっちの世界のルールは守っているからと無理矢理「善」に転がしたとして、一体何になる?

 だが天音の言う善悪は、そう言う意味での善悪とは少し違った。



「基本的にはわたくし、とある一点を除いては全面的に性善説を支持する立場であります。」

「性善説って、あれかぁ?人間は生まれつきには皆善良で云々、ってやつ」

「そ。そしてそのとある一点、性悪説を支持せざるを得ないという一点が、ねえ、他でもないこの私なんだよ」



 天音ちゃんはいい子だね、優しいねって、そう言ってくれる人もいるよ。いるけど、それは多分私じゃないの。良い子なのはあくまで私の中の「良識」だとか「道徳心」って奴。生まれつきの私はねぇ、とんでもなく嫌な奴で冷たい奴で、だから例えば「優しいね」って言われるようなことをするにもワンテンポ遅れる。だってそこには判断って作業が紛れこむ。いい人になりたいっていう願望に基づいた判断が挟まるから、どうしても遅いんだよ。どうやっても偽善にしかならないのに、どうしてかそれを止められないの。

 私はねぇ、救いようのない偽善者なんだよ。



「そんなもんだろぉ、大概。」

「だとしたら、随分と悲しい世の中だよね」

「何故?」

「だとしたら、皆嘘つきってことじゃない」

「てめぇは、自分が嘘ついてるって思ってんのかぁ?」

「そう感じることもある」



 めんどくせぇこと考えてんなぁ。思わず苦笑すると、ああ!やっぱり笑った!!と唇を尖らせて抗議する天音。馬鹿にしてる訳じゃねえんだからいいじゃねえかぁ。



「じゃあもう、そう言うことにしとけ。てめえは元来血の代わりにガソリンが流れてるような非道な奴で、それを隠してるって、それこそ性悪説的に考えとけよ。そしたらてめぇは、聖人級の良い奴だ。」

「矛盾してる」

「いや、正論だろぉ。良い奴が良いことするのは当たり前だが、悪人が良いことをするには何かしら自分を曲げてそうするってことだろぉ?あれだぁ、のび太の百点と出来杉の百点の価値と一緒だぁ」

「それは、そうかもしれないけど、」

「それより俺は、てめぇがどうしてそんなことで悩めんのかの方がよっぽど分かんねぇ。てめぇの本性がどうだろうと、俺が分かるのは目に見えることしかねぇからなぁ」

「それは…結果、至上主義…?」

「何とでも言え」

「ねえ!スクアーロ!じゃあ私、スクアーロから見たら、スクアーロから見えてる所は、ちゃんと、普通の良い人?」

「あ”?まあなぁ。俺の知り合いの中じゃあトップクラスに普通だなぁ」



「…結果至上主義、万歳!!」



 意味不明に抱きついてきた天音を取り敢えず受け止めてやってから、どうやら自己完結したらしいその頭に手を乗せてやる。



「ねえ、人間、取り敢えず一人でも理解者がいるってのは素晴らしいことだね。誰かの標準になれるって、素敵なことだよ」

「普通、って嬉しいかぁ?」

「普通ってのは、ど真ん中ってことだよ。最高じゃないですか。しかも君のど真ん中。最高です乾杯でもしようか」

「まだ真昼間じゃねぇかぁ」

「そんなの気にしたことも無い癖に」



 景気良く鼻歌を歌いながら戻ってきた天音の手にあったのは勿論ただの水だったし、合唱させられた「結果至上主義万歳!」って言うのも意味不明だったし、でも天音が言ったことのうち少なくとも一つは正しかったと思う。



「…ど真ん中、万歳」

「え?スクアーロどうしたのもう酔った?早いね」

「誰が水で酔うかぁ。つーか飲んでもねえし」

「うへへぇ、」

「おい、お前何で水で酔えるんだよ、体おかしいだろぉ!!」



 こんな奴でも、俺のど真ん中である。全く、善悪云々よりよっぽど不可解だ。

 この場合のど真ん中の意味が、果たして天音に伝わっているだろうか。まあ9割駄目だろうなぁ。

 因みにこうして天音に付き合ってやっている俺は、善行って奴の前に相手を選んでする様な、天音流に言えば偽善者という括りになるが、天音の奴も結果至上主義に迎合しやがったみたいだから間違いなく俺の勝ちだ。

 なあ、お前の中では俺も、ど真ん中なんだろう?

 なんて、水じゃあ酔えない俺は聞かない。そのうち何とかして言ってやろうと思う。

聖人並の偽善者に告ぐ
 …まあ、告げられないから苦労しているんだが

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