鮫夢2

□ある休日______
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 例えばお互い任務が忙しくて中々会えないとか、普通の恋人みたいなデートなんか殆どしたことがないとか、その滅多に無いデートの行程に武器一般、特に剣の品揃えについてアングラでは定評のある裏通りの専門店が紛れてるとか。そう言うのは全部承知済みだったし、覚悟してたし、まあ剣については私も剣士の端くれだから百歩譲ってもいいと思う。



「ねぇ、スクアーロ。」
「…ん?あ”ぁ、どうしたぁ」
「…」



 だけど、さぁ!どうだい、そのたまーにしかない二人でのお出かけで、通りすがりの、しかも男連れの美人さんに見惚れるって言うのは?
 ええ、美人でした。取り敢えず他の形容詞を持ってくるのが億劫なくらいの、美人。絵に描いたようなグラマラスで優しそうで、素敵な人。女の私でもつい見とれてしまうような、作品がかった美しさ。
 でも、ね?考えてほしい。何を?隣に居る、私の立つ瀬である!



「う”ぉおい、どうしたぁ?もう疲れたかぁ?」
「それ、本気で聞いてる?」
「いや。てめぇの体力残量位ちゃーんと把握済みだぁ」
「そりゃそうだ。そうじゃないとツーマンセルが組めな、…って痛!」



 左手、つまりよりによって殺傷力の高い義手がおでこを容赦なく弾いた。うっわ、絶対赤くなってるよ、これ。



「せめて右手にしてよ痛いじゃん」
「こういう時に任務の話持ち出してんじゃねぇよ。空気読め」
「へーい、そりゃあこっちの台詞だぜボーイ!」
「あ゛ぁ?」
「こ、ん、な!!時に美人さんに目移りしてんじゃねぇええ、よ!!スクアーロのばーか!」
「はぁぁああ?!俺がいつ目移りしたって?」
「さっきだよさっき!あのブロンドふわふわウェーブで、ぼっきゅっぽんの!!」
「…?」
「そ、そんな顔したってはぐらかされないんだからな!スクアーロの浮気者!」
「浮気者って、何もしてねぇだろぉがぁ」



 そうですね、「まだ」してませんよねー、知ってます。
 どんより疑わしげに見上げて、どう見たって上目づかいとは程遠い。その上ぷいっと、目まで逸らして。可愛くないったらないよ。

 もし私が、内面的外見的にも自信が持てる完璧な女の子だったらこんなことも言わなかったかもしれない。でも実際はそれとは正反対で、寧ろコンプレックスが服を着て歩いてます状態で。その上隣を歩くスクアーロはこんなにも魅力的で、いつだって自信に満ち溢れていて。

 いつか、離れていってしまうんじゃないか

 なんていう不安も、そろそろ抱え飽きてきた。飽きたからって捨てられる不安でもないけれど。
 有体に言えば、妬いてる。嫉妬だってさ。こんなに恋人らしくない私たちに唯一あるのがそんな幼い感情だけ?子供じゃあるまいし。ああ、私たちって、嫉妬は私だけですか。そうですか。



「なんだぁ、さっきからむすくれやがって」
「むすくれてない」
「じゃあこっち向けよ」
「それは嫌」
「…チッ」
「あっ、舌打ちしやがった」



 こうやってすぐ険悪になるのも今に始まったことじゃない。お互い口も悪いし荒らくれてるから。
 でも今は、今だけは、最上級の幸せでもって仲睦まじく歩いててもいいんじゃない?ねぇ、そうなってる筈だよねえ!

 言いだした私がきっと悪い。でも根本的に言えばスクアーロが悪い。
 あんまりじゃないか、と卑屈な感情にあわせて何かが転がり落ちる。



「そんなんだったら、最初から美人なお姉さんと付き合えばいいのに」



 中途半端に冗談めかすこともできなかったそれはどこまでも醜く、無意味な八つ当りだった。

 スクアーロが足を止めた。同じように足を止める前に、ぎゅっと掴まれた手首。引っ張られる。
 今まで進んだ道を逆行しはじめたスクアーロの後ろを、RPGゲームよろしく付いて行く、と言うか引き摺られる。



「何?何処行くの?」
「もう疲れただろぉ」
「だから、全然疲れてなんか、」



 途中で続きが言えなくなってしまった。だって、気付いてしまったから。

 今日の私は、とびっきり可愛くなかった。その上鬱陶しかっただろう。最高に面倒くさかっただろう。

 疲れたのは私ではない、スクアーロだ。

 人の多いイタリアの街をぐんぐんと進んでいく。辿り着いたのは道の端でひっそりと涼しい木陰と休息を提供している、少し古びたベンチ。真夏にはいろんな人がここに座っているけど、まだ肌寒い春先の今日なんかは日向のベンチにお客さんを取られてしまっている。

 可哀想に。

 こんな出会ったばかりのベンチに感情移入出来てしまう、今日の私はどこかおかしい。しかも、何て薄っぺらい同情だろう。きっとここを離れてすぐに、もしかしたら座って五分も経たないうちに消えてしまう哀れみだ、哀れみですってよ!一体何をもって、自分がこのベンチより可哀想でないと言い張ろうというの?

 促されるままに腰を下ろした。ぴったりと寄り添うように隣に座ってくれただけでびっくりするほど嬉しく思う。半分喧嘩している状況でも胸がざわつくのを抑えられない私は、心底スクアーロに惚れている。



「なぁ、まだ怒ってんのかぁ?」
「怒って、ない」
「言っておくが、本当にさっきのは目移りじゃねえからなぁ!」
「…うん」



 無愛想な返事を返した自分を張り倒したい衝動に駆られる。なんで、もっとあどけなく笑えないのかな。にっこり笑って、「ううん、本当に気にしてないって!変なこと言ってごめんね」位言えれば、それ位素直だったらよかったのに。謝りたいのは本当なのに。素直じゃないなんてもんじゃない。捻くれすぎだ。

 その途端、ふっ、と斜め上から息が漏れる音。それが溜息なのか、もしかして笑ったのかすら判断する間もなく、頭を撫でられた。いや、髪をぐちゃぐちゃにされた。色気も何もない、例えば毛がモフモフした大型犬を全力で可愛がるような、荒いスキンシップ。



「ちょ、何す、止め、」
「いいだろぉ、別にセットしてる訳でもねえだろぉ」
「してるわ!朝の貴重な時間を何分割いたと思ってんだよ!ストパーが取れる!アイロンもとれる!」
「…」
「おいこら無視すんな!いい加減止めてって、」
「だってよぉ、」



 ぐしゃぐしゃと乱したいだけかき乱していたスクアーロの指が、今度は髪を梳き始める。いつもあれほど言うことを聞かない私の髪が、スクアーロの手にかかると素直になってしまうものだから不思議だ。髪までスクアーロに恋しているりしい。生意気な髪だ。



「天音があんまし分かりやすく嫉妬するからなぁ、」
「うるせぇ否定できねぇよ」
「…愛されてんなぁ、俺」



 しみじみと、噛み締めるように。

 は?と目線をぐるんと斜め上へあげた私は、そこで目を細めて笑うスクアーロを発見する。

 一瞬言葉が迷子になる。ああ駄目、目に毒だ、何という貴重な映像…。鼠捕りのチーズを連想してしまう。あっさり絡め取られる私は、鼠。



「ついでに言っておくとなぁ。どうして俺がさっきあの女を見てたか、わかるかぁ?」
「えっ、やっぱり見てたの」
「答えろぉ」
「うーん…何才かな、とか?」



 スッと、スクアーロの指先が髪から離れる。惜しい、と思う。
 その手はそろそろと、まるで私の機嫌を伺いながらのような速度で降りていく。
 終着点は、私の膝のうえ、固く握ってあった私の手。柔らかく解きほぐされて手の平同士を押しつける。指が互い違いに組み合わされる。柄で擦れた手が二つ、少しずつ馴染んでいく。神経や血管を共有する錯覚に陥る。
 俗に言う、恋人繋ぎ。



「こうやって、繋ぐもんなんだろぉ?」



 横目でこちらを伺いながら、少しぶっきらぼうなのは照れ隠しなのだと分かる程度には恋人な私たちである。曰く、スクアーロが見ていたのはあの美人さんではなく、彼女の手の繋ぎ方だったんだとか。



「で、どうだぁ?コレ」
「うん、愛されてますって感じで幸せですよ。スクアーロは?」
「悪くねぇ」



 少し涼しい午後、木漏れ日、馬鹿みたいに穏やかで平和な街に暖かい手の平と指とその他諸々。

 ロマンチストだなぁ、意外と乙女な所もあるんだね!って笑ったら、そう言えるのは今のうちだ、と君はとびっきりセクシーに笑い返すのだった。




ある休日
 意味を問い返す間も惜しんで、私たちは休日を満喫する。

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