だって好きだから!

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「私、水島くんのこともう好きじゃないんだもん」

そう言い放つと堰を切ったようにキミの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

そして、わーん!と泣き出し、手の甲で溢れる涙を拭きながら泣き続けた。

「ちょ、ちょっと…」

ええ?

オレが何が起こったのかわけが分からず、ここが人里離れた場所で良かったって、この前も思ったようなことを思いながら、

一体どうしたらこの涙を止めることができるんだろうって、冷静とパニックの間でそんなことを思っていた。




しばらくすると、名前ちゃんはグズッグズッとどうやらおさまってきたような仕草を見せ始めた。

声を掛けていいものかってよくよく考えた末に、

「大丈夫?」

と言ってみた。

キミは鼻をグズッヒクッとさせながら、

「ごめんね、こんな…。はは…、まさかだよね。

自分でもビックリだもん」

と言った。

「オレはいいんだけど…。最近、不安定だったの?」

「うん、…そうだったのかも。

いつもぼんやりしちゃって、いつの間にか時間が過ぎてるみたいな感じで。

自分が一体どうしたいのかがよく分からなくて、頭と心がアンバランスっていうか…」

オレはキミの揺れる瞳をじっと見つめて、

「ずっと迷ってたんだね」

と言った。

名前ちゃんは、うん、うん、と何度か頷いて、そして遠くを見るような目をして、

「そうだったんだと思う。

迷ってるって言葉も思いつかないくらい迷ってたみたい」

と言った。

「必死だったんだよ」

オレはそう言って、キミの心を思って切なくなった。

文字通り、心が切られるような、その傷口から血が染み出て、何故かその血が口に回り、口の中で血の味がする、そんな気がした。

「私、ずっと水島くんのことが好きで、神くんとの契約期間が過ぎたら自分から水島くんに告白するんだって思ってたの。

水島くんの彼女を図書館で見たときにも…。

神くんには違うこと言ったと思うけど、本当は9月2日過ぎたら玉砕覚悟で気持ち伝えるんだって思ってた。

迷惑がられても、それが私の水島くんへの誠意だって思ってた。

今からすると、その思いに捕らわれすぎてたんだって思うんだけど…、自分でしようと思ってたことを水島くんにされたでしょう。

だからかな…?

ううん、違う違う。

…最初は嬉しかったんだよ、本当に嬉しかったの、好きって言ってもらえて。

だって私、ずっと好きだったんだもん。

だけど、日が経つほどに違和感みたいなものが心に湧いてきて。

それがどんどんどんどん大きくなって、もうどうしようも誤魔化せないほどになって…」

「…」

「私、水島くんのこと好きじゃなくなってる自分に気付いちゃったの。

そしたら…。

自分が一体、今まで何に向かって進んでたのか、目的が目的じゃなくなって…。

急に支えがなくなったみたいな、自分て人間が分からなくなっちゃって、自信が持てなくなって。

そんなことで自信をなくしてしまうような自分も嫌で…。

けど、神くんが突然授業中にキスしてきたとき…」

「……オレ思い余って」

「ううん。不意に頭が真っ白になったの、あの時。

今思えばその時に少し迷いが吹っ切れたっていうか、自分の気持ちにほんの少し気付いたっていうか…。

自分の気持ちに本当に気付くのはそれからまだしばらく後だったけど…。

とにかく私は頑固だから、…心が弱いから頑固だったりもする訳で…。

頑なに思い込むことで自分を支えてるところがあるっていうか、それが違ってたときにはこんなに脆い心になっちゃって。

笑ってれば万事うまくいくって思ってたのに、笑うことすらできなくなって…グズッ…グズッ…」

言いながらまた気持ちが不安定になってきたのか、キミは鼻をすすり始めた。

キミをこんな不安定な心の持ち主にしてしまったのは、紛れもなくこのオレだって思っていた。

キミの人生をオレはいろんな意味で、あらゆる方面から狂わせてしまったんだ。


だって好きだから…なんて、手前勝手な理由で。

償えるものなら償わせて欲しいけど、時間を取り戻せるならあの日のオレを殴り倒してでも止めるけれど…。

催眠術もかけちゃったし…。

時間は取り戻せないから、やってしまったことは取り返せないから、これからを変えていくことしかできないから…。

「オレにできること、ないかな?

オレ、名前ちゃんに償いたい。

キミをこんなにしたのはオレだから。

オレにできることをどうかさせて。

キミのためになにか、…なんでもしたいんだ」

オレは喉から絞り出すような声でそう言った。

名前ちゃんはグズグズさせてた鼻をピタッと止めて、目をキョトンとさせてオレをマジマジと見た。

「神くん、どうしたの?」

「どうしたのって、どうもしないよ。

オレ、名前ちゃんが笑わなくなっちゃったから……。



弱いから笑うんじゃないよ。

名前ちゃんの家族を思いだして。みんなよく笑うでしょ。

お母さん、弱い人?

違うよね。お母さんてとても強い人でしょ。

弱いから笑うもあるかもしれないけど、強いからこそ笑うんじゃない?

弱さを隠すための笑いって笑顔って言えるのかな。

オレには泣き顔にしか見えないと思うけど。

最近の名前ちゃんの笑った顔は確かに泣き顔に見えたよ。

でも、オレの好きな名前ちゃんの笑顔は本当の笑顔だよ。

頑固だって、意志の強さの現れでしょ。

頑固さならオレだって負けない自信あるし。

状況の変化に付いていけないのは、臨機応変さにかけるんであって、頑固が悪いんじゃない。

臨機応変ていうのは経験と訓練で何とでもなるんだ。

スポーツやってると、臨機応変を何度も求められるから。

けど、臨機応変だけじゃダメなんだよ。

オレたちみんな頑固者の集まりだって自負できる。

頑固でいいんだ。

頑固に勝ちに執着して、勝つために臨機に応変する、それが理想。



状況は刻一刻と変わってる。

そうでしょう?

自分だけ変わらないわけないんだ。

変わるんだよ、髪が伸びるように、爪が伸びるように、オレたちも変わってくんだ。

変化を恐れないで。



そういうオレだって、いつバスケを嫌いになるか分からないしさ」

「嘘!神くんがバスケを嫌いになる分けないよ」

ブンブンと首を振ってキミは言った。

「分かんないよ、そんなこと。

でも、多分嫌いにならないけどね。

オレって粘着質だから。

そうして、変わらないこともあるかもしれない。

地球が太陽の周りを回り続けてるみたいに、オレたちの人生のうちくらい、それより長い間、不変であり続けるものもあるんだ。

だから、何も不安がらないで。

変わるものは変わるし、変わらないものは変わらない。

強いばかりの人間なんていないし、弱いばかりの人間もいない。

強さと弱さをバランス上手に使って、変化しながら、でも本質は変えないで柔軟に生きてく、

それはずるいことでもなんでもないよね。

だから、いつだって名前ちゃんは名前ちゃんらしくいればいいんだ」

「…ありがとう…」

キミは瞳に溜まった涙の滴をキラキラと輝かせて、オレに微笑みかけた。
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