だって好きだから!

□♭24
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ジリジリとした残暑の日差しを和らげる涼しい風がオレたちの間を優しく抜けていった。

ふんわりとそよいだ風は、キミの髪の毛の先を小さく揺らす。

揺れがおさまるのを見届けてオレは静かに口を開いた。

「まどろっこしい話し方はしないね。伝えたいことだけ言うから。最後まで聞いて」

キミはオレの目をじっと見ると、こくりと小さく頷いた。



「オレ、名前ちゃんのことずっと縛ってた。

仮の付き合いしてたときもそうだけど、その契約期間が終わってからもそうだったでしょ。

オレの陰がチラついて何をしてても一人じゃないみたいな、捕らわれてるみたいな気がしてたんじゃない?

オレ達が付き合ってるってみんな思ってるし、今だって思われてるみたいだし。

オレはしつこく追い回すし、いつまでたっても離れてかないし。


分かって欲しいとすれば、オレは本当に名前ちゃんが好きだったってことなんだけど。


今でもその気持ちは変わらないけど…。


まったく自分勝手な思いをぶつけてたってことはよく分かってるつもりだから。



…オレがどうしてこういう風に思うようになったかって言うと、最近の名前ちゃんの様子見てたら、なんか…物凄く…。

なんかの部分がすごく説明しづらいんだけど、名前ちゃんが名前ちゃんらしくないっていうか、あんまり笑わないし。

…笑ってるけど無理して笑ってるよね。

オレ、名前ちゃんのそういう姿が一番見たくなかったていうか、見てて物凄く辛いっていうか…。


申し訳ないけど、本当に申し訳ないんだけど、それがオレのせいだって気付くのに今までかかちゃって…。



キミの笑顔が好きでその笑顔を独占したくて、オレだけに笑いかけてほしくて…。

名前ちゃんのことはオレがいつだって笑顔にさせるんだってずっとそう思ってた。

オレって自信過剰なヤツだから、今でも実は思ってるんだけどね。

でもそれは、名前ちゃんが決めることだよね。


…オレの傍でじゃ笑顔になれないのかもしれないし。



オレはキミを縛ってキミの心を縛って、オレが守りたいと思っていた君の笑顔を失わせたんだ。


ごめんね、名前ちゃん。

もうオレに縛られなくていいよ。

キミはキミの心のままにいて。

キミの時間を奪った償いはできないけど、オレに構ったり気にかけてくれたりしなくていいよ。

オレに酷いコトされたってみんなに言っていいし、無理矢理付き合わされてたって言っていいんだ。

どんな誹謗中傷も受ける覚悟はあるし、それだけのことをしたって自覚もしてる。

だから…」

オレはそこまで言ってグッと言葉を呑んだ。

それ以上に言葉を続けることができなくなって、唇を噛んで俯いた。

涙が出そうになったんじゃない。

悔しくて言葉が詰まったんじゃない。

ただそれ以上の言葉は、キミに同情を求めるだけになる気がして言えなかった。


オレの様子をじっと見ていた名前ちゃんは、静かな声で言った。

「どうしてそう思ったの?」

「…どうしてかな、オレらしくないよね。

だけど多分…ううん、多分でもなんでもない。

名前ちゃんが好きだから」

「…」

「ごめん、本当にごめん。

本当はもっと、ちゃんと言葉を頭に纏めといたはずなんだけど、上手く言えなかった…」

「ううん。よく分かったよ、神くんの気持ち。…ありがとう」

「うん、…うん。これで、名前ちゃんの笑顔が戻るなら、なんの心配事もなく前を向けるなら、オレ、本望だから」

「ふふっ、本望って」

「本当だよ!オレなりに悩んだし、答え見つけられて良かったって思ってるし、名前ちゃんに伝えられて、寂しいけどホッとしてるんだから」

「…笑ったりしてごめんね。

私のためにそんなに一生懸命に悩んでくれて…。

私、幸せ者だね」

「本当そうだよ、名前ちゃん。

でもそれは、…キミがステキな子だから、だよ」

「…ありがとう。すごく嬉しい。

けど、自分じゃ分かんないな、そういうの」

「そう?すごく魅力的だよ。

自覚ないなんてもったいないな」

「あんまり褒めないで。くすぐったいから」

ほんのり頬を赤くして、目を細めて俯くキミはとても優しい笑顔を浮かべていた。

安心してホッとしている、そんな表情だった。



良いことしたかな、オレ。

寂しさは拭えないけど、キミがそうして笑ってくれるならオレはその方がいいから。



名前ちゃん…

どうかいつまでも笑顔の似合う人でいて。





「一つ聞いても良いかな?」

オレは俯いて照れ隠しをしているキミにそう言った。

「なに?」

ニコッとキミが顔をオレに向ける。

うん、いい笑顔♪

「水島とはその後、どうしてるの?

図書館で見かけるようになって、アイツ、彼女と別れたって言ってたんでしょ」

「うん…。実はその後ね…続きがあるの」

「何?」

「…うん…」

「言ってよ。オレ、もう邪魔したりしないから」

アハハってキミが笑う。

「……うん。……あの後、…新学期が始まった日だから神くんとお別れする前の日だったんだけど。

私は例によって神くんを待つために図書館で勉強をしていて、しばらくした頃にトイレに行くために席をたったの。

トイレから出てきたところで声をかけられて…水島くんに。

………告白って言うのかな?そんな風なことを言われたの」

「なんて?」

「うん…、私のことまだ好きだからって…」

「…それだけ?」

「…良かったら付き合ってほしいって。

変なこと言ってるのは分かってるけどって…」

「それで?」

「二週間後に返事くれって…」

「それで?」

「うん…。その二週間後って昨日だったんだけど。

昨日の放課後に図書館の傍で会って私、返事したの」

「………じゃあ、今は水島と…」

そっか、そっか…。

ああ、そっか…。

納まるべきさやに納まったってわけだったんだね。

そっか、とうとうキミは水島のものになっちゃったのか。

元々、ヤツのものだったって言っても過言じゃないしね。



…そっか、キミはもう…

自分の足で前へ進んでいたんだね。



「良かったね、名前ちゃん」
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