だって好きだから!

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そんなことをずっと考えながら、自転車を漕いで帰路についた。

夜空に浮かぶ月を見ていたら、ふとキミの空っぽな表情が脳裏に浮かんだ。



どうして笑わないの?

どうしたらいつもみたいに笑うの?



名前ちゃんは実際、笑わないわけじゃない。

教室で友達と話しているときは至って普通に見える。

授業中だって先生が面白いことを言ったりすると、みんなと一緒に笑ってみせる。

だから誰も気付かないかもしれないけど。

一番仲のいい森村だって気付いてないかもしれない。





数日前、森村に

「ケンカってほんと?」

って聞かれた。

「ケンカなんてしてないけど」

オレはそう言った…本当のことだし。

「そうだよねぇ。名前もそう言うし、でももっぱらの噂みたいだよ」

「ふーん。ケンカなんてしてないのにな。

オレの気持ちは全然変わってないし、名前ちゃんしかいないのに」

「相変わらずだね。でもホッとした。

神くん人気者だから、噂は絶えないね」

廊下から教室の中にいるキミを見遣る。

オレと別れたって言ってないんだね。

そうしてキミは薄っぺらな嘘の笑いを浮かべてる。

いつになったら、どうしたら、キミはキミらしさを取り戻すの?






気が付くとオレは自宅とは違う方向、場所に向かっていた。

っていうかむしろ、いた。


ここって…。

オレは名前ちゃんのことを思いすぎて考えずぎて、名前ちゃんの家に向かって来てしまっていた。

そして今いる場所はキミんちの前…。

自分でもビックリした。

まさか自分がこんなことをするなんて。

冷静さには結構自信があったから。

この家の住人に見つかったりしたら恥ずかしいって気持ちが込み上げて、そそくさと退散しようとしたけれど、

ふと二階のピンクのカーテンの掛かった部屋を見上げた。

その部屋はオレがキミを送ってきたときには一度も明かりが点いていたことのない部屋だった。

意識して見てきたことはなかったけれど、多分あの部屋が名前ちゃんの部屋なんだ。



名前ちゃん、そこにキミはいるんだね。

キミの心は今、平穏無事でいるの?



月明かりの中、オレは本当の帰路についた。

心にはある決意を持って明日に向かっていた。










次の日の朝、教室へ入りバッグを下ろして椅子に座った。

「おはよう」

キミに朝一番の挨拶をした。

「…おはよう」

いつもと違う登場の仕方のオレに、戸惑い顔のキミ。

オレはオレらしいにこやかな表情で、

「話したいことがあるんだけど、…正確には伝えたいことかな。

できれば今日の昼休みがいいけど、時間とってもらえるかな。

都合のいいときでいいよ。

場所も二人で話せればどこでもいいから、決めてくれて構わないから」

ゆっくりとした口調でそう言うと、すっと前を向いた。

そして荷物の片づけを始めた。

その様子をじっと横から見ていたキミが

「神くん」

声をかけてきた。

オレは手を止めてキミにニコッと微笑みかける。

「なに?」

「今日の昼休みで大丈夫だよ。

場所は…図書館の傍のベンチでいいかな」

窓の外を見て天気を確認し、キミが場所の指定をした。

「いいよ、ありがとう。じゃあ、昼休みに」

「うん。…お弁当、一緒に食べるってことだよね?」

「その方が時間的には余裕があるけど。

いつものメンバーで食べたいって思ってるなら、オレ、現地で待ってるから後から来てよ」

オレはニッコリ笑いかける。

本当にそうしてくれて構わない、そう思っていた。



もう、拘束したくないから。

キミの自由にしてくれていいから。

キミを引っ張り回すのはこれが最後だから。

そしてキミはキミらしさや本音や笑顔を取り戻していって。



オレはキミに出来る限り邪気のない笑顔を送った。

「ううん。私は大丈夫。

神くん、いつも小菅くんとお昼食べてるから、どうなのかなって思ったから」

キミは薄くオレに笑い返した。

その笑い、いつ身につけたの?

…でももう、そんな顔はする必要なくなるよ、良かったね。

「あ、オレから都合聞いてるのにそんなわけ…。

小菅は大丈夫だから。…ありがとう」

そう言ってオレは一限の授業の教科書に目を落とした。







一限から四限まで、いつも通り時が過ぎた。

時に静かに、時にざわめき、時に真剣に、時に笑って、そういう本当にいつも通りの学校生活。

こんなとき、世界の中心はおろか、学校の中心も教室の中心さえもオレでも名前ちゃんでもないって気付く。

一体何が中心かなんてオレには分からないけど、時も環境もこの恵まれた学校という世界の中で等しく与えられてるんだって思える。





四限目が終了し、オレたちは図書館の傍のベンチへ向かった。

鐘と同時に授業が終わらず、少し出遅れてしまったオレたち。

通路に沿って並んだベンチを追うように奥へ奥へと進んでいった。

ここはもうないから芝生のスペースにでも行こうか…って言い出そうとしたとき、いつか二人でお弁当を食べた図書館の裏にあるベンチが目に映り、ぽっかりと誰もいないで空いているのが分かった。

「あ…」

思わず声が出てしまった。

「空いてた?」

名前ちゃんがオレの視線の先に目を遣る。

二人の間に沈黙が訪れた。

「別なところに行こうか、芝生のところとか…」

オレがそう言いかけたとき、キミが

「いいよ、あそこにしよう。どんどん時間経っちゃうし」

ふふっとオレに笑いかけてそう言った。

それは少しぎこちないけれど、懐かしい笑顔だった。

キミのキミらしい笑顔を見れるなんて、幸先いいな。

やっぱり名前ちゃんには笑顔が似合うよ。





オレたちはベンチに腰掛け、お互い弁当を開き、親指と人差し指の間に箸を挟んで手を合わせ、

「いただきます!」

と声を揃えて言った。

思いがけず声が揃ったので、オレたちはふふっと笑いあった。

その後はパクパクモグモグと互いに黙ってそれぞれの弁当を食べた。

食べ終えて、お互いに飲み物を飲みながら一息ついていた。

キミは小さな水筒を、オレはペットボトルのお茶を飲んでいた。





「本題、入るね」

オレは、ゆっくりと息を吐いて口を開いた。
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