だって好きだから!

□♭23
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あれからまた数日経っていた。

オレは相変わらず教室に入ると、

「名前ちゃん、おはよ」

とキミをギュッとした。

本当はあの日からこんなことももうやめようかって思い始めていた。

キミへの気持ちは全然変わらないけど、苦しめてるだけなんじゃないかって思い始めていた。



オレがそう思うようになったのには理由があった。

キミの態度が次の日から変化したから。

オレが抱きしめると、今までなら

「苦しい!」

とか

「暑い!」

とか言って素早く離れようとしたのに、

「おはよー」

と言ってされるがままになった。

従順とかそう言うんじゃなくて、そうしていれば時期にオレが飽きるんじゃないかとか、

飽きて欲しいとか思ってるようにオレには感じられた。

別にオレ自身はそんなことされたって全然虚しくないけど、

オレのせいでキミを虚しい気持ちにさせてるって思ったら、かわいそうな気がして、

キミがどんな表情で家にいるのかとか思ったらおうちの人にも申し訳ない気がしてきて、

こんなことやめるべきなのかなって思えてきた。

名前ちゃんの笑顔が好きなのにちっとも笑わないし、

授業を受けていても何してても遠くばっかり見てるみたいで、心ここにあらずって感じで、

オレができることなら何でもしてあげたいけど、それを考えたらオレがキミを解放することなのかなって思えてきて。

まさかこんな悟りを開いたみたいな境地になるなんて思ってもなかったけど…。

けど、思ったのと実行に移すのとではまたわけが違って、オレは未だ実行に移せずにいる。






あれから水島とはどうなってるんだろう。

勝手な想像だけど、接点を持ってるようにはオレの目からは見えなかった。

ま、最近この目が節穴だってことに気付いたけどね。

もしかしたら、オレに秘密で既に付き合い始めてるかもしれない。

待たなくていいって言われちゃったし、オレに報告する義務なんてないし、秘密にしてるつもりもないかもしれない。



ならどうして、そんなにか空っぽな目なの?

空っぽな心で、何をどう考えてるの?



聞いて問いただしたいけど、そんなことしたらますます心を閉ざしていくだけなんだろうって思ったら、キミに一歩も近づけないような気がした。




オレたちの違和感は周囲にも段々と伝わっていったようで、仮の交際だったってことを知らないほとんどの人物がオレたちの今の状況を“ケンカ”ととったようだった。

そういうのって女子って敏感に察知するものなのかな。

オレには告白してくる子まで現れた。

「彼女がいることは知ってるんですけど…」

と言ってきたあの子は一体どういうつもりなんだろう。

オレの二号になるって言いたいの?

それとも自分なら名前ちゃんよりオレのこと大事にするって?

そんなこと聞くまでもなく断ったけど。

そんなことが何度かあって、オレはオレなりにやっぱり名前ちゃんが好きなんだって嫌ってほど確信した。

誰もかれも、オレの隣の席の苗字名前には到底適わなかったし、オレにはキミしか見えなかった。







その日の全体練習の後、高頭監督から突然、

「今度の土日は全体練習休み」

というお達しがあった。

オレも驚いたけど、体育館にどよめきが起こった。

監督は扇子をパタパタと仰がせながら、

「夏からの疲れも堪ってるだろうからゆっくり休むように。

体育館は通常通り開放されてるから個人練習をするものは使ってよし。

今回の休みの後は冬まで休み無しだから、有効に使いなさい」

表情一つ変えずにメガネの奥で目をギョロリと光らせてそう言った。

“冬まで休み無し”に、どよめいていた空気がピタッと収まった。

今やしーんと静まりかえっている。

「鋭気を養っておくように」

そう言って監督はお言葉を終えた。





ロッカールームではその話題で持ちきりだった。

「マジかよ〜?!

確かに休みは嬉しいけど、冬まで休み無しってどんだけ気合い入ってんだ監督は」

「最後にサディスティックに光っただろ。

オレはあの目を見たときに背筋が凍りついたね」

「一日ずつ分けてくれればいいのに。

監督の都合じゃないの?」

「オレ、また彼女にふられちゃうよ。

今度の土曜か日曜が最後のデートだな…」

「多分オレも…」

「オレはなんとかこの受難の時を愛の力で乗り越えてみせる!

…みせたい!

…一人はイヤだーー!!」

あっちからこっちから言いたい放題聞こえてくる。

オレは自主練で二日とも体育館へ来る。

両親はオレをおいて旅行へ行くと言っていたから独りぼっちだし、バスケしかオレにはないし。

もっと早く休みがあったら名前ちゃんとの思い出も増えたのにな…って思っていた。

結局、オレんちに来たのはテスト前のあの日だけだった。

キミとの今までのいろんなことが突然に走馬燈のように蘇り、オレは不意に切なくなった。



…末期かも…



九月に入っても相変わらず暑い日は続いていたけれど、確かに時は流れ季節が動いていることを感じる今日この頃。

夏と共に、オレたちの関係も終わってくのかな…。

オレの終われない気持ちはここから先、どこへ行くんだろう。

キミに散々押しつけてきた気持ちは。

いつまでも押しつけられないと自覚しながら、未だベクトルの先を方向転換できずにいるオレの気持ち。
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