だって好きだから!

□♭22
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四限目が終わった直後、オレはいつもの通りお弁当を持って移動しようとする名前ちゃんの手首を掴んだ。

キミはそんなオレにキッとした視線を投げかけ、

「何この手…」

と言った。

「オレと一緒に来てよ」

オレはキミを見上げてニッコリ笑って言った。

「どこに?」

「どこがいい?オレは部室がいいけど」

「嫌」

「じゃあどこがいいの」

あくまで手首はぎゅっと握りしめたまま、オレは微笑んだ。

「…一緒にいかなきゃ行けないの?」

お弁当を片手に抱え、真顔で静かな声で答えるキミ。

「そうして欲しいな」

「用件は?」

「二人きりになりたい」

「…却下!」

「名前ちゃん〜」

オレはどうしてもキミと二人きりになりたくて、おねだりをした。

キミはそんなオレを見つめ、小さくため息を吐くと俯いたまま言った。

「もう…」

「じゃあここでいいや。みんながいてもみんなが見ててもオレはいいし!…おいで♪」

オレは腕に力をほんのちょっといれて、ぐいっとキミの手首を引っ張った。

「きゃ…!?」

ぐらりとキミの体が揺れたかと思うとオレの腕の中にすっぽりと収まった。


「…いただきます♪」

オレはキミの瞳をジーッと見つめ微笑むと、そう囁いて唇をキミに近づけていった。

「ちょ、ちょ、…ちょっと待ってー!」

オレの唇を持っていたお弁当で思いっきり塞いで、更にぐっと上に持ち上げようと力をいれる。

「…ひどいよ〜。ここでいいって言ったの名前ちゃんのくせに」

オレはお弁当を持ったキミの腕を取りくいっと押さえつけると、唇を尖らせた。

「…言ってないってば、そんなこと!!」

顔を真っ赤にして必死で体を起こそうとするキミの足を、オレは両腿でキュッと挟んだ。


そこへ、

「神。昼どうするんだ?」

小菅がやって来て、オレたちの様子を一瞥すると何事もないかのようにそう言った。

「ごめん。今日パス。取り込み中だから」

「そっか、じゃあな」

小菅はパッと腕を上げて、やっぱり何事もないかのように去っていった。



さてと…

「どうする、名前ちゃん」

オレはクスッと笑ってキミにそう言った。

「…屋上」

小さくため息を吐いて、小さな声でそう言った。

「屋上かぁ、なんで部室じゃだめなの?」

「なんで部室にこだわるの?」

「だって誰にも邪魔されないでしょ」

「…部室は忌まわしい記憶しかないからイヤ」

「…ふーん。思い出したんだあの日のこと」

確か直後は忘れてたはずだけど、催眠術が掛かったみたいになってて…。

いつ思い出したんだろう。

ま、いつかは思い出すと思ってたけどね。

「最近。夢じゃなかったんだ、やっぱり」

呆れたようにオレを見つめて、鼻でわざとらしく大きくため息を吐いてみせた。

「同意の上だったんだけどな。

それに結局オレは、約束を守ってキス以上のことはしてないし。

逃げないでオレにしがみついてきたじゃない。

オレのこと好きなんだって思ったのになぁ」

クスクス笑ってオレは言った。

「…さあね」

どんな言い返しをしてくるかなって構えていたのに、キミはオレから目を逸らして小さな声でそう言った。

「そろそろ行こうよ。名前ちゃんの友達もお弁当食べ始まってるよ」

「分かった…」

瞳を閉じて、静かな長い息を口から吐き出すキミ。

オレはキミの足を解放して上半身を抱えて立ち上がらせた。

オレもイスから立ち上がり君の手を引こうとすると、

「ちょっと待って!…やっぱり行けない、今日は勘弁して」

そう言ってオレに握られている腕に力を入れた。

オレが静かにキミに振り返ると、

「お願い…」

頭を下げたまま微動だにしないキミがいた。

「いつだったらいいの?」

オレは振り返った姿勢のまま、静かな声でそう言った。

「…ごめん」

「もう待ちたくないんだけど…」

「…待たなくて、いいよ…」

「…そ。だけどオレは諦めないし離さないよ、名前ちゃんのこと」

「…」

何も答えない、顔も上げない。

部室まで力づくで連れてくこともできるけど、なんか虚しくなってパッとキミの腕を放した。

「オレ、食堂行く。小菅のとこ行くから」

相変わらず下を向いたままのキミにそう声をかけて、オレはスッとその場を離れた。






廊下を歩きながら小菅に電話をかけて、カツ丼大盛り一人前を所望した。

「どうしたんだ?」

小菅が不思議そうな声を電話の向こうで出していたけれど、

「取り込み一時休憩」

それだけ言ってパタリと携帯を閉じた。



…なんで、…なにが、“ごめん”なんだ。

待たなくていいって、何?

どんなに繕おうとしても今日ばかりは表情が出ないな。

虚無感…?

オレにはこの感情の名前がなんだか分からなかった。



実際、オレにとって今のオレの気持ちなんてどうでもよくて、オレは結局、…キミの気持ちが欲しいだけなんだ。






花火大会の翌日もそのまた翌日もさらにその翌日も、図書館で隣同士でキミと水島は勉強してたんだってね。

気付かなかったな、オレ。

結構鈍くさいヤツなのかもね、オレ。


帰り道、

「9月1日提出の宿題、終わった?」

とか、

「新学期早々、テストだよね」

とか、

「高頭先生、まだ休みくれないよー」

とか、そんなしょうもない話ばっかり二人でしてたし。

キミは本当にいつも通りオレに笑いかけてくれたし、オレもいつも通りだと思ってた。

オレはいつも通りキミを抱きしめて、いつも通りキスして、オレの二ヶ月弱の日常を遂行してた。
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