だって好きだから!
□♭21
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瞼を閉じていても、花火が開いた瞬間の明るさと、散った後の闇との明暗がはっきりと分かる。
キミの唇をゆっくりと吸い上げるちゅぱって音は花火の轟音に掻き消され、オレはまるで争うかのようにわざとゆっくりと大きな音を立ててキミを吸った。
唇をわずかに離して瞳を開き、閉じられたキミの瞳を見つめた。
オレのキスを瞳を閉じて受けてくれる、そのことが嬉しかった。
瞳を閉じたままのキミがどこか他のところに行ってしまいそうで、何故か寂しかった。
自分でもどうしたいのか、どうして欲しいのかよく分からないのが妙におかしかった。
クスって鼻で笑ったらキミが瞳をぱちっと開けて、
「なに?」
って言ったのがかわいくって、
「なんでもない」
ぎゅうってキミを抱きしめた。
浴衣の胸はいつもより大胆で、ついうっかりもみゅって手を当てて触ったら、
「…っ!バカバカ、帰るー!!」
って大騒ぎした。
「だって、誘ってるように感じたから」
「…そんなわけないでしょっ!?」
「…信じられない」
「…っ!信じられないはこっちのセリフだってばっ!!」
「…ごめんね。もうしないよ、ふふ」
「もうっ!」
ぷいっと体ごとそっぽを向いたキミを背中から抱きしめて、浴衣の襟に沿ってキミの首に吸い付いた。
「…ひゃ…!?」
くすぐったそうに体を捩るキミを押さえて、首筋やうなじ、耳の裏、耳たぶを舐めたり吸ったり甘く噛んだりした。
「…ちょっと…恥ずかしい…。花火、見ようよ…」
震えた声でそう言うキミに
「キスだもん、好きにさせて。…見えるように前向きにしてあげてるでしょ」
オレは無理な理屈を押しつけて、キミを好きにし続けた。
耳に舌を絡めるようにして下から上へ大きく舐め上げると、吸い込んだまま息が止まったようになったキミがオレの腕の中でくるりと半回転して、オレの胸に抱きついてきた。
「もう止めて…」
瞼をギュッと閉じて、腕をオレの背中に回し、顔をオレの胸に埋めている。
「もうイヤ」
そう言って必死でオレに抱きつくキミ。
「分かったから、ごめんね」
オレはキミの背中や髪をよしよしと撫でて、何度も謝った。
「神くんの意地悪っ…」
そう言って必死で抱きついてくるキミがかわいすぎて、内心もっと困らせたくなったけど、…だってキミが自らオレにしがみついてくるなんて、ふふ。
「くすくす…♪」
って思わず声に出して笑ったら、
「神くんー!」
って小さく叫んだ。
「はいはい。…花火、見よっか」
三十度近くある外気温の中で、抱きついていたオレたちは、すっかり汗だくになってしまった。
とくに名前ちゃんが…。
買っておいた飲み物を飲んだり、うちわで扇いだりしてキミの熱を取って上げようとしたけれど、キミの体の火照りはなかなか取れなかったね。
「ありがとう、神くん」
あの日のキミの言葉がオレから離れないで、まるで耳元で囁かれてるみたいに今でも耳に残ってる。
それから花火はすぐに終わってしまって、はしゃぎすぎたってオレは少し反省したんだっけ。
家の前まで送っていくと
「楽しかった」
ってニコッと微笑んでくれたキミ。
オレは有頂天で、キミの家の玄関先に置かせてもらっていた自転車に乗って、自宅までの道のりを帰ったんだ。
あの日、どうして何も言ってくれなかったのか、どうしてオレに気付かれないようにあんなに普通でいられたのか、オレにはまったく分からない。
アイツのこととなるといつだってキミはオレに八つ当たりをして、オレの良心に訴えかけてきていたのに。
聞かされるのはしんどかったけど、隠される方がずっときついってこと、よーく分かった。
あの日、あれから毎日図書館に一人で現れていた水島に、
「隣、いい?」
って声をかけられたんだって言ってたね。
キミは、
「…いいよ」
って答えたんだ。
他に席がないんだって思ったって、他意なんてなかったって言ったけど、オレには水島の気持ちは手に取るように分かるけど。
そこしか空いてなかったとして、嫌なら帰るだろ。
キミの隣が空く機会を狙ってたとしか思えないけどな。
…アイツはそんなに腹黒くないって?
どうかなあ…。
そんなの黒いうちに入らないし、オレならもっと…。
…とにかく水島は、オレからキミを奪い返す気があったってことだよ。
キミさえ隠さなければ、オレは受けて立ちたかったけどな。
そもそもの部外者はオレな訳だけど…。
水島とのこと、教えてくれれば良かったのに。
そんなにアイツとのこと大事にしたかったの?
聞きたかった疑問が、聞けない疑問が頭の中でグルグル回ってどうしようもない。
オレの横で授業を受けるキミの顔からは、何も読みとることが出来ない。
オレはここ数日、授業中にキミをぼんやり眺めては何度もため息を吐いている。
答えはくれると言ったけど、それはいつ?
今すぐ欲しいような、いつまでもこのままでいたいような…。
だってオレ、毎朝キミのこと抱きしめるの止めてないし。
帰りこそ一緒に帰れないけど、キミがある程度の時間までは図書館に残ってることも知ってる。
もうちょっと待っててくれれば送ってってあげるのに。
こんなに近くにいて、もう一週間もキスしてないなんて、オレ、欲求不満で死んじゃいそうだよ〜。
どうせ一番後ろの席で誰も見てないし、先生が黒板に向かった瞬間にでもその唇、奪っちゃおうかな…♪
名前ちゃん〜、いつまでオレをほっとくつもりなの?
前ばっかり向いてないでこっち向いてよ〜!
「呼んだ?」
突然にキミがオレに視線を移して小声で囁いた。
「…え?呼んだっけ?」
今の声に出したのかな…。
心の中の言葉だったと思うけど…。
「気のせい…だったんだ」
そう言ってノートに再び視線を落とすキミ。
「…気のせいじゃない」
オレは、教科担当の教師が黒板に釘付けなのをいいことにキミの手首を掴んだ。
「…何?」
「…」
ドングリ眼のキミの瞳を見つめて微笑むと、ぱっと唇を合わせた。
「…やっ」
「しーっ」
キミの唇に人差し指を当てて、クスッと微笑む。
「何して…、今…!?」
「しーってば。名前ちゃん見てたら我慢出来なくなっちゃったんだもん、仕方ないでしょ♪」
「…!?」
「もっとしたいんだけど。もうキスじゃ足りないよ。そろそろいいでしょ」
…………ぷいっ!
あ…。
呆れられちゃったかな…。
ふふふ。
でもキミはオレのものだし、キミの我が儘を聞くのもそろそろ終わりにしたいんだけどな。
「ねえってば」
オレはキミのシャーペンを握る手を取って揺すった。
キッとオレを睨みつけるその顔も、愛しいよ♪
ん、て微笑むと、
「授業中だけど」
なんて冷たく言い放つ。
「授業終わったらいいんだね。オレ、集中する♪」
「そんなこと言ってないっ!」
「もう、なに言っても聞こえないよ。集中してるから」
「…もう〜」
困ったようなキミの声。
半分冗談だったけど、オレの仕掛けに変わらない反応を示すキミがすごく嬉しくて、オレのテンションは一気に上がった。
オレ、やっぱり…やっぱりもなにも、キミが好きなんだ。