だって好きだから!
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今日は夏期講座後期の初日。
朝練を終えていつも通り小菅と教室への道のりを急ぐ。
「神、あんまり急ぐなよ。気持ちは分かるけど。
…久々なんだろ」
急くオレをたしなめるように小菅が笑いながら言った。
「うん、四日ぶり!もう限界」
「えっ?四日?インハイ前からじゃなくて?
…四日ってこないだ会ったばっかじゃんか」
今度は呆れた声を出す小菅。
「もういいからっ!オレ急ぐから!」
そう言って思わず駆け出すオレを、
「ちょっ、…分かったから置いてくなって!」
慌てて追いかける小菅。
廊下を本気で走り抜けるオレ、教室にはあっという間に着いた。
扉をガラッと開けて、視線は真っ直ぐオレの席の横。
姿を確認したかしないかのうちに走り寄って荷物を投げ出し、森村と話しをしているキミを抱きしめた。
「名前ちゃん、久しぶり!」
「っぶ…、ぐ…ぐるじぃ…」
座ったままのキミを頭から抱きしめたせいか、オレが切羽詰まって強く抱きしめ過ぎたせいか、キミの息を止めてしまったみたいだった。
「名前ちゃんごめんね」
オレは涙目になったキミの瞳を覗き込んで、切なく微笑みかけた。
「…先に声掛けて…。
いきなりだと心臓にも悪いから」
鼻をグズッと言わせながらそう言うキミが愛しくて、オレはまた、ぎゅうっと抱きしめた。
「うん、そうする♪」
幸せに浸るオレの腕の中で、
「っぐ…!」
キミがまた苦しんでしまった。
「名前ちゃん、今日…」
「なあに?」
「待っててくれる?」
「うん。そのつもりだよ」
「…オレ、無理させてない?」
「…どうしたの急に?」
「帰っててもいいよ。
こないだみたいに夕方でも出てこれるなら、オレ迎えに行くし」
「…それでもいいけど。
図書館で勉強してるのも宿題が片付けられたり、いい機会だと思ってるよ。
…二学期になっても続けようかなって思ってるくらい」
ふふっとイタズラな笑いを浮かべて、待ち人がいなくなってもね、なんて言うキミ。
オレは後半部分は聞こえなかったふりをして、
「そっか!オレとのこと決心してくれたんだね♪
今から部室行こ!愛を確かめあおっ♪」
キミの耳元でそう囁いて手首を掴んだ。
「…な、何言って…っ!
全然、違うからっ!
どういう耳してるの!!」
体ごと引っ込めようとしてるんじゃないかってくらい力一杯腕を引く名前ちゃん。
顔を真っ赤にしてかわいすぎるキミに、オレの判断力は鈍らされたのかもしれない。
昔からオレは、こうした方がいいって気がすることがなんとなく当たってきた。
それがたとえ意志とは反対のことであっても、それに従った方が大抵いい結果を得られた。
何となく今日はこっちの道を通って帰ろう、とかそんな些細なことでも思った通りにすると、
もう一方の道でオレが通っていたであろう時間に事故が発生していたり、
超眠いけど数学でも勉強しとくか…なんて思った次の日に小テストがあったりとか、
そんな調子で自分でもどうなってるんだか分からないものに助けられて生きてきている。
だから今回も、オレは絶対的に名前ちゃんと毎日一緒に帰りたいのに、意志とは裏腹にふと口から出た言葉をもっと重要視するべきだったんだ。
その日の帰り、名前ちゃんが
「海を見たい」
って言い出した。
日の短くなり始めた今日この頃。
「大丈夫?」
きれいな海は見れないよ、オレはそう言ったけど
「いいの」
って言って、オレはキミを自転車の後ろに乗せて学校から一番近い海岸へと直行した。
夕日が海をオレンジ色に染めている時間にかろうじて間に合った。
砂がオレンジ色に染まってるんじゃないかってくらいの夕焼け。
日が沈む直前の怖いくらい赤い太陽。
こないだとは違って、波打ち際ではしゃぐオレとそれを後ろから見つめるキミ。
「おいでよ、名前ちゃん」
オレはご機嫌でキミに振り返った。
「うん」
静かに頷くと、オレの背後に近寄り打ち寄せる波をじっと見つめている。
「…どうかした?」
物言いたげな雰囲気にようやく気付いたオレは、体ごとキミに向けて真顔でそう訪ねた。
「…」
俯いたまま何も言い出さないキミ、オレはキミの目の前に歩み寄って、
「少し歩こうか」
そう声を掛けた。
何かあった、確実にあったんだ。
水島絡みの出来事…簡単に察しが付く。
黙って並んで歩いて、しばらく行ったところにあったコンクリートの階段に並んで腰掛けた。
「名前ちゃん」
何も言い出さないキミにしびれを切らした訳じゃないけど、オレはキミの肩を抱いて手のひらを顎に当てて顔を持ち上げると、ジッと瞳を見つめていつになく優しいキスをした。
自惚れかもしれないけど、心細そうなキミがオレにそうしてもらいたがっている、そんな気がしたからだ。
いつもの通り、オレからのキスを全面的に受け入れる。
唇を合わせる瞬間から離す瞬間まで、無抵抗だった。
「教えてよ、そろそろ。オレに話したいことがあるんでしょ」
オレは海を真っ直ぐに見つめてそう言った。
不思議と心は落ち着いていた。
自信があるとかそういうんじゃない。
キミがヤツを好きなことは重々承知している。
ただ、キミの心が酷くかき乱されていることに気付いたときから、オレは冷静でいなきゃいけないって思ってた。
「今日、図書館で…水島くんに会った」
「うん」
…やっぱり。
やっぱりも何もないけどさ。
「一人じゃなかった」
「うん」
「彼女?…らしき子と一緒だった」
「ふ〜ん…」
「…」
「気まずかったの?」
「私は………。
水島くん、すごく気まずそうだった」
「…そりゃそうだろうね」
「私は…、彼女の子が噂通りの子だったから、
“やっぱりそうなんだな”って思って、
目が合った瞬間はビックリしたけど、ペコって頭を下げてその後は不思議なくらい集中して勉強できたの。
時々、ふと顔を上げた瞬間に彼女って子と目が合ったけど、気付かないふりしちゃった」
「…そっか」
「不思議なくらい気まずさとかなくて…。私のことを意識から外さないでいるらしいあの二人の方がずっと妙に感じてたの」
「…名前ちゃん」
まるで目の前にまだその光景があって、それを見ながら話しているかのようなキミの瞳孔。
オレが堪らずキミを抱き寄せると、僅かに体を震わせた。
やっぱり帰せば良かった。
オレがバカだった。
こんな思いさせるなんて…。
「…大丈夫なの、私。
ただ、言っておきたかっただけなの」
何が大丈夫なんだよ!
全然、大丈夫なんかじゃないっ。
今までで一番動揺してる。
なんでまた名前ちゃんの前に現れたりするんだ、しかも彼女付きだなんて!
嫌がらせ以外の何ものでもないだろっ!?
…んなワケないか…。
…名前ちゃんが好きなヤツが誰かって再確認させられちゃったな。
知ってたけど、知ってても、敢えて確認させられると胃液が込み上げてくるような感覚になる。
さっさと忘れちゃいなよ、あんなヤツ!
名前ちゃんにはオレがいるよっ!
オレが…オレが…
不幸せの原因、か…。
…ごめんね、それでもキミが好きなんだ…