だって好きだから!

□♭17
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「…んー…」

あ、起きた…!

マジで??

オレって王子だったんだ…!?

王子キャラってあちらだと思ってたけど、オレだったの?







「名前ちゃん、大丈夫?」

「…ここどこ?」

「ロッカールームだよ、バスケ部の。

意識、大丈夫?」

「うん…。なんでここにいるんだっけ…?」

上体を起こし、足を床に下ろして座った姿勢になる。


「…オレと一緒にここに来たんだよ」

オレはまだボーっとしている名前ちゃんの隣に座り、背中に腕を回して体を支えた。

「なんでだっけ?」

…忘れてる?

「覚えてないの?」

「…私、泣いた?

…神くんに泣きついたんだ…。ごめんね」

頬の涙の後を押さえて名前ちゃんが言った。

「いいんだよ、そんなこと」

いいのかな、こんなことで…。

「神くん。優しくしてくれてありがとう」

「そんなこと気にしないで」

…罪悪感…

「おかげですごいスッキリしてる。

全く、泣いて寝れば何でもスッキリするよね、…はぁ。

今って何時?

思いっきり付き合わせっちゃったよね」

名前ちゃんはそう言って腕を上げてグイッと伸びをした。

「そんなことないよ、オレが一緒にいたかったんだ。

それにそんなに時間も経ってないし。

…帰ろっか。

おうちの人、心配するよね」

オレはキミの背中に回した腕に力を入れて、キミの体を支えて立ち上がろうとした。

「神くん。こうして会うの久しぶりなのに何にもしないんだね」

「え?」

…ええっ?

「今日はちょっと覚悟してたから拍子抜けかも」

半分腰を浮かした姿勢のオレを上目遣いで見つめてくる。

オレはキミの本意を伺うように瞳をじっと見つめた。

…全然分からない、て言うかその上目遣いがオレから洞察力を奪うんだ。


「…キスしていいかな?」

「うん」

キミの頬を手のひらでそっと包んでもう一度聞く。

「キスしていいの?」

「して…。じゃないと…」

妙に落ち着かない…キミの言葉を遮るように、そっとオレの唇をキミの唇に重ね合わせた。

何度か角度を変えてキミの唇を愛おしんだ。

今までで一番穏やかな時だった。


多分、催眠術が効いてるんだろう。

覚めたときが恐ろしいと思いながらも、この夢のような時にオレは夢中になった。

いつもはされっぱなしのキミがオレの背中に腕を回している。

オレにはその実体が仮であっても幸せとしか言いようがなかった。


望んでいたのはお互いに想い合うこと。

捕まえておくことでも縛りつけることでもなくて、互いに求め合うことなんだって初めて知る。

チュッと音を立てて唇を離すと、キミの耳元でこう囁く。

「名前ちゃん。オレ、幸せだよ」

心も体も震えるほどの歓喜、オレはそんなものに包まれていた。





オレはキミを自転車の後ろに乗せてキミの家まで送っていく。

名前ちゃんは体を密着させて、オレはそれに心を奪われる。

かりそめの両思いかもしれないけれど、オレは本当に幸せだった。


どうか夢よ、覚めないで!


心からそう思ったとき、オレの心に違和感が生じた。


仮なんて嫌だ、夢なんて嫌だ。


後ろに乗せているのは名前ちゃんであって名前ちゃんじゃない、不意にとんでもない孤独に襲われた。

そんなこと今まで一度もなかったのに…。


オレ、名前ちゃんが欲しいんだ。

水島のことが好きな名前ちゃんが水島を振りきってオレを好きになる、そんな夢をオレは見ていたんだ。


私、神くんが好きって意志を持ってそう言われたい。

操り人形みたいな名前ちゃんじゃ嫌なんだ。

意志のある名前ちゃんだったから、嫌がられても怒られてもキスするのが楽しかった。

抱きしめたかったし、愛おしかったんだ。


「名前ちゃん、ごめんね」

オレは前を見たままそう呟いた。

「なに?聞こえなかった、もう一度言って?」

「なんでもない」

オレはそう言った。


名前ちゃん、明日には覚めてるといいな。

そしたらオレ、嫌われちゃうかな?

嫌われたってなんだってキミを放すオレじゃないけど。


「好きだよ名前ちゃん」

「なに?」

「好きだよ名前ちゃん!

オレは名前ちゃんが好き!」

柄にもなく大きな声で言った。


「…知ってるよ」

耳元で名前ちゃんがそう囁いた。

夢でもいいかも…オレは身震いをした。

思い切って

「名前ちゃんは?」

って聞いてみる。

「もう神くん。それ聞くの今日、何度目?」

顔を見なくても尖った唇が浮かんでくる、いつもの名前ちゃんの声。


え?

まさか??

覚めちゃった!?


「名前ちゃん、何があっても放さないからね!」

そう言って反応を待つ。

「神くん。どうしてそんなに優しいの」

ちょっぴり切なげなキミの声。


ん??

オレ、混乱…。



名前ちゃん、キミが好きだよ。

いつかオレを好きってキミに言わせたい。

強い意志を持ってオレを求めてさせたい。

そして愛し合いたいんだ。



オレはブレーキをかけて、両足を地面について自転車を止めた。

交差点でも信号でもキミの家の前でもないところで。

不意を食らったキミの体に慣性の法則が働き、キミの腕の力ではそれに抗いきれなかったようで、体からオレの背中に思いっきりもたれ掛かった。

「どうしたの?」

驚いたように言いながら、オレの背中に腕を突いてなんとか体勢を立て直そうとしている。

オレはサドルに座ったままの姿勢で、腰を捻って上半身を後ろに向けると、姿勢を立て直したばかりのキミの瞳を覗き込む。

「どうしたの?」

目を丸くして浅い呼吸を繰り返すキミが心配と驚きを交ぜた声で言った。

ウットリする、かわいすぎてウットリするキミの顔。

オレは腕を上げて手のひらをキミの後頭部に当てる。

グイッと引き寄せ唇を重ねさせた。

数秒で手の力を抜くと、自然と唇が離れた。

オレたちはずっと目を開けたままでずっと目が合ったままだった。

そして今尚、目を丸く見開きオレを見つめる名前ちゃん。

無理もないか、こんなことしたの初めてだし、キミにとっては驚きの連続だよね。


「どうかした?」

名前ちゃんは目に心配の色を帯びさせてそう言った。

「名前ちゃんが好きなだけ」

オレはキミの後頭部をゆっくりとさすりながらそう言った。


え??という気持ちを、キミは目だけでオレに伝えた、夏の日の夜。
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