だって好きだから!

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それから数日間、名前ちゃんとは朝と帰りの時間だけが頼りの日々が続いた。

週の中から後半は定期考査期間、その間も自主練習はあった。


帰りにちょこっとチュッてするだけの、あんまり甘くない日々。


週末には監督全開パワーが待っていた。

名前ちゃんに会えない、監督にしごかれるというオレにとってはまさに地獄そのものだった。

週が明けるとまた、朝の会話と帰りの時間で絆を深めるという日々が繰り返された。

翌週の月曜が祝日のために世間は三連休だけど、オレたちの学校は土曜日も登校日のために二連休だった。

それはいいんだけど、オレたちバスケ部は構内にある合宿所で金曜の放課後から月曜日の夕方まで合宿生活だった。

だから、金曜も土曜も帰りの楽しみはなくて、朝の会話と授業中隣に座ってることだけが楽しみっていう、大昔の生活に戻ってしまった。

たった二日間だけだったけど…。


以前よりうち解けたという点での親密度は増していたけれど、のらりくらりとはぐらかされてオレに対する愛情がどの程度なのか、はっきりしないまま日々が過ぎていった。

自分で言うのもなんだけど、結構好かれてきてると思うけどね♪


地獄のような合宿が終わり、世間での連休明けはオレたちの学校の終業式だった。

終業式は形式的なもので、翌日からは夏期講座が始まる。

講座は午前中の四時間だけで、部活動は午後から。

名前ちゃんは夏休み中もオレを図書館で待ってると言ってくれた。

もう当たり前のように思っているようでオレとしてはホッとしていた。

「夏休みは別」

とか言われたらどうしようってちょっと思ってたから。

とにかくこれで七月いっぱいは今まで通りでいけることになった。

八月一日がインターハイの開会式。

それから一週間、オレは広島にいる予定。

予定というのは、開会式から決勝までがだいたい一週間だから。

決勝まで行くつもりで、優勝するつもりでオレたちは全国大会に出るし練習も積み重ねてきた。

だから、予定であって決定事項でもある。

キミと離れる一週間は長いけど、広島まではさすがに呼べないしね。



オレのいない間、大人しく待っててよ。

大人しくだよ。

開放感で弾け過ぎちゃだめだからね。




話を今に戻して…

オレは合宿中まともにキミに会えなくて、キスも木曜の帰りにしたきりだったから、とんでもない欲求不満に陥っていた。

なのに、終業式の今日はクラスの女子たちと久しぶりに遊びに行くからと言ってオレを置いて帰ってしまった。

なんだよ〜、せっかく楽しみにしてたのにぃ。

こんな日もあるだろうと覚悟はしていたものの、まさか今日なんて…。

オレはますます欲求不満になった。

そもそもチュッ程度のキスの繰り返しや、学校でちょこっと会話する程度の日々は、小さな欲求不満の繰り返しでもあった。

学校生活では、これまで通り女子といることを優先していてオレのことなんて見向きもしてくれないし…。

だから次の日は何があっても捕まえておこうと思った。

けれど次の日の朝、名前ちゃん自ら今日は待ってると言ってくれた。


オレはそのときに少しおかしいって気付くべきだったのかもしれない。

思い返せば話をしていても上の空だったし、オレと目をほとんど合わせなかった気もするし、何よりあまり笑わなかった。


練習が終わって、いつもの通り図書館の前にキミを迎えに行った。

まだ夕日の残光が辺りを薄く照らしている時間。

オレはキミの手を引いて図書館と駐輪場の間の人気のない通路までくると、キミの唇に思いっきり吸い付いた。

鼻も顎もほっぺも唇の周り全部を夢中で吸った。

「…苦…苦しい」

途中でキミがそう言ったけれど

「もうちょっとだけ我慢して」

そう言ってオレは、心ゆくまでキミの唇を味わった。


唇を離すとすでに日課のようになっていたことをまた繰り返し言った。

「オレのこと好きになった?真剣交際の件どうなった?」

いつもなら笑ってはぐらかすのに、今日は変に噛みついてきた。

「無理に好きになれなんて言わなかったよね。

好きにさせるって言ってたでしょ。

私だって癒えない傷とか抱えてるんだから、毎日毎日聞かないで」

「一日も早く好きになって欲しいからだよ。

オレはそれだけ名前ちゃんが好きってことだけど…。

癒えない傷って何?

どこにあるの?」

「…なんでもない」

そう言って歩き出したキミの腕を掴んで引き戻す。

「傷って何?」

「なんでもないってば」

オレが瞳を覗き込むと、瞬間的にキミが逸らした。

その行動がオレの中のなんらかのスイッチを押したらしい。

肩に腕を回して引き寄せて、キミの顔と体が上を向くように斜めに抱えて固定した。

微笑を浮かべてキミに語りかける。

「傷ってどこにあるの?

オレが治してあげる。

見せてごらんよ、舐めてあげるから」

「神くん怖いよ…」

そしてオレは腕を掴んでいた手を放し、キミの着ているYシャツの、上から三番目のボタンの上に人差し指をとんと置くと、

「傷ってもしかして…ここにあるの?」

そう訪ねた。

「や、ちょっと…」

「ふーん、そうか。

まさか傷口の上に水島とかいうネームプレートがかかってたりして…?」

「神くんやめて、傷なんてないから。

私、大丈夫だから」

そう言って慌てて身を起こそうとする。

オレは肩を抱く腕と手にギュッと力を込めてた。

オレがちょっと力を入れただけで動けなくなるほど非力なんだね、キミは。

そしてオレは

「うそばっかり。

そんなこと言って、水島に癒してもらおうなんて思っちゃってるんじゃないの?」

キミの瞳を舐めるように見て言った。

「そんなことないよ…」

小刻みな揺れをキミの瞳が起こす。

「本当かなあ」

「本当だよ。だって水島くんは…」

そこまで言うとキミの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「何?」

なんで泣く?

「…水島くんは私とはなんの関係もない人なの」

「なんで?」

「だって…だって…、水島くんは他の子と付き合い始めたんだよ。

だから私とは無関係な存在なの。

だから…」

…本当なのか?

「いつ知ったの?」

「…昨日」

「名前ちゃんに告白してまだ三週間もたってないってのに。

結局、誰でもいいんじゃないか?」

アイツ、まるきり張り合いないな。

名前ちゃんはムッとした目つきをして

「水島くんが私にふられたって噂が流れたんだよ。

ついでに神くんと私が付き合ってるって噂も。

それで水島くんに告白した女の子がいたらしいの。

その子と付き合い始めたみたい」

口調までムッとさせて言った。


なんで庇うかな…。

そうか、これもオレが招いたことなんだね。

ますますオレが憎たらしくなっちゃったのかな。

「ふーんなるほどね。

オレにとっては好都合だな。

オレには名前ちゃんしかいない。

名前ちゃんにもオレしかいない。

もうこの際、すべてオレに預けちゃいなよ。

身も心もオレに愛されちゃいなよ」

「そうできれば私だって楽だけど」

非難を込めた目でオレを見つめる。

オレはそんなキミに、小さな子どもに諭して聞かせるように、とかくゆっくりとした口調で話しかけた。

「オレ思うんだけど、水島のこと好きだって思い込んでるんじゃない?

名前ちゃんは何だかんだでオレのこと結構好きだと思うけど。

オレのどこが嫌なの?

水島のどこがいいの?

ほらね、言えないでしょ。

名前ちゃん、もうオレを受け入れちゃいなよ。

それで名前ちゃんもオレを愛するんだよ。

それがキミにとっての絶対的幸せだから」

「そんなこと…分からないし、決められない」

そう言ってプイッとそっぽを向いた。

そして

「もう大丈夫だから。帰ろ」

そう言った。

「嫌だ」

オレはそう返した。

「本当にもう大丈夫だってば。

神くん、私のことほっといてよ。

私、ほっとかれたいの…」

「ほっとける訳ないだろ。

本当はほっとかれたくないくせに。

名前ちゃんはオレがほっとけないの知っててそう言ってるんだよ」

「ち、違うって!

私、本当にほっとかれたいの。

それでリセットしたいの」

やっぱり。

水島のことを忘れて、ついでにオレのことも片付けようって思ってるんだよね。

オレは放さないよ、どうしてオレがキミを放すのさ。

キミがどうしてもオレから離れるって言うなら、オレは禁じられたアレを解禁するからね…。
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