だって好きだから!

□♭16
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「おはよ、神くん」

「名前ちゃん…会いたかったよ」

オレは駆け寄って座ったままのキミをひしと抱きしめる。

「ちょっと…苦しいから!」

腰を押されて引きはがされた。

「つれないなあ、昨日はオレの部屋であんなに…」

「ちょっとー!場ってものをわきまえてよっ。もう!」

真っ赤な顔をしてオレの言葉をかき消す名前ちゃん。

「ところで答え出た?」

オレは席に着きながらキミに問いかけた。

「答え?」

首を傾げる。

オレはキミの耳元に口を寄せてこう囁いた。

「真剣交際の件」

途端にボボボッと顔を真っ赤にする。

目を大きく見開いて

「ゾワッとするからやめてよ。もうっ」

耳を手のひらで素早く撫でながらそう言った。

オレはニッとほくそ笑む。

囁いたくらいでそんなんなっちゃって、今度はその耳たぶ吸っちゃうぞ♪

「名前ちゃん答えて」

オレはキミの目の前に顔を置いて舐めるように一つ一つのパーツを見回すと、そう言った。

きょとんとした顔で

「なんだっけ?」

と言う名前ちゃん。

もうだから〜

「だから…」

オレがそう言いかけたとき、ガラッと教室の扉が開いて一限の担当教師が入ってきた。

あーあ…。



答えをはぐらかしてるのか、本当にぼけてるのか名前ちゃんは終始そんな感じで、結局、放課後になってしまった。

「名前ちゃん」

「うん、待ってるよ。図書館にいるから」

「じゃあ」

「メールしてね」

オレの言葉を先回りして言うと、タタタッと駆けていってしまった。

それだけじゃないのに、答え聞きたいだけでもないのに、今日まだ一度もキスしてないのに。


…欲求不満が募る…


オレは教室から出ていくキミの後ろ姿を見送って、席から立ち上がった。

「小菅、行こ」

オレは小さくため息を吐いて小菅と一緒に体育館へ向かった。


「オレ、今回のテストはマジでヤバイと思う」

小菅が下校する生徒の姿を見ながらそう言った。

「牧さんなんて、一年の時からこれ続けてるんだろ。

一体、普段どうしてるんだろう」

去年もオレたちの所属する海南大附属高校バスケ部はインターハイに出場したけれど、オレたちはペーペーだったから、テスト前は全体練習無しで帰されていた。

「高砂さんが、牧さんは頭も良いって言ったもんな」

「うん。…帝王だから」

オレたちの常識では推し量れないほど凄すぎる牧さんを、オレたちはいつもその一言で形容していた。


凄すぎるよな…帝王だから

黒すぎるよな…帝王だから

老けすぎだよな…帝王だから

モテるよな…帝王だから

と言った具合に。

尊敬のあまりついそう言ってしまう。

だって帝王なんだもん。

適わないんだもん。

圧倒的すぎるんだもん。

だから帝王なんだもん。


「オレも帝王になりたいよーーー」

小菅が廊下に向かって叫んだ。

「なれないよ」

「何でだよー」

「小菅、あんなに黒くなれるか?」

「無理」

「あんなに老けた発言出来るか?」

「無理」

「後輩、思いっきり殴りつけられるか?」

「…信長以外無理」

「ほら、全然無理じゃん」

「マジかーー」

「翔陽の藤真さんだってなれないんだぞ」

「確かに。帝王に一番近い存在は藤真さんだ」

「だけど全然違うだろ?」

「ああ。RPGで主人公の補佐やってるか、SLGでツンデレやってそうだもんな」

「…そこら辺はノーコメントってことにしておくけど」

「後輩、殴りつけてるところも見たことないいしな」

「…口撃力は牧さんより数段上って話だけどな」

「一言多そうだもんな」

「…それもオレはノーコメント。

分かるだろ、帝王、それは唯一にして無二の存在なんだ」

「望んでなれるもんじゃないってことか」

「そういうこと」

「帝王…」

「傍にいれるだけでも幸せなんだよ、オレたち」

「ああ」


そうして今日もまたオレたちは、海南大附属高校男子バスケ部に所属し常勝の二文字を背負う者の一人としての自覚を深めたのだった。
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