だって好きだから!

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そんなこんなで結局三十分くらい時間を取ってしまった。

オレたちはまた学生らしく勉学に勤しみ始める。

オレも名前ちゃんも数学の問題に取り組んでいた。

しばらく経ったとき

「神くん、この問題分かる?」

一つの問題が解き終わってシャーペンを動かす手を止めたオレに、キミが申し訳なさそうに声をかけた。

「どれ?」

オレはキミの差し出す問題集を手にとって指定された問題に目を通す。


…。

やった、解ける!

こういうの期待してたんだよ♪

困ったキミを助けちゃうみたいな?

神くんてオオカミに変身しちゃうばっかりじゃないんだね、みたいな?

もう手取り足取り優しく教えちゃうから!


説明を受けるためにキミがオレの横に移動してきた。

オレが丁寧に説明しながらゆっくりと解いてみせると、キミはパッと表情を明るくして

「分かった!すごくよく分かった!ありがとう♪」

とても嬉しそうに言った。


名前ちゃん…。

「良かったね」

そう言ってオレは無防備なキミの笑顔にキスをする。

チュッと頬にキスをして、ニコッと微笑みかける。

「忘れちゃうから、自分でもう一回解いてみるね」

理解出来たことが余程嬉しかったのか、オレからのその程度のキスにはもう反応しなくなってしまったのか、キミは何事もなかったかのようにその場で問題に取り掛かった。


今すぐオレに反応させたい!


だけど、必死で頑張るキミの邪魔をしたくない気持ちがそんなオレを抑制する。

オレはまた自分の課題に取り掛かった。






それからまたしばらく時間が経って…。

キミが

「神くん、私そろそろ帰るね」

オレにそう告げてきた。

時計を見ると、五時をちょっと過ぎたところだった。

「あ、うん。もう?」

頃合いとしてはちょうどなんだと思うけど、この愛しすぎる時間を手放したくなくて、オレはそう言った。

「うん。神くんのお母さんにああ言って貰ったけど、うちでも夕飯用意してると思うし…。

またの機会にお邪魔しますって伝えてくれる?」

「うん。それは大丈夫だけど…。もう帰っちゃうのか…」

オレは寂しくなった。

キミがいなくなった部屋なんて無価値にさえ思えた。

「うん、あんまり遅くなると心配すると思うし」

「厳しいんだね」

夏だし、高校生だし、心配するにはあまりに早い時間にオレには思えた。

女の子の家ってこうなのかな?

「男の子の家に来てること知ってるから」

「そうなの?」

別に隠すことじゃないけど…。

「うん、だって後からバレるよりは厄介じゃないし。

お母さんにだけだけど」

「うん」

「神くんちに持ってくお菓子代も貰いたかったから。

○○屋の水ようかんにするよう強く勧めたの、お母さんだよ」

「へえ」

「水ようかんは私の趣味で選んだんじゃないよ。

私はもっとかわいい物を持っていこうと思ってたんだけど、絶対そうしなさいって」

「そうなんだ」

「うん、お陰で神くんのお父さんが喜んでくれてたみだいだったから、ホッとしたけど」

「オレんちの好物なんだ」

「じゃあ良かった!

お母さん、私が神くんちに行くって知って妙に張り切って…」

「え?オレのこと知ってるの?」

「うん。こないだバスケ部が県優勝してインターハイ出場を決めたときに、学校からお便り出たでしょう。

あれに、何人かの写真が名前入りで載ってたみたいなの。

それで、珍しい苗字だって覚えてたみたいなんだ。

昨日、男の子って誰?誰の家に行くの?ってしつこく聞くから、神くんて答えたら…。

今朝もね、出掛けに、おうちの人に夕飯まで引き留められても今日だけは絶対帰ってきなさいって、しかも早い時間に帰って来なさいって言われたの。

だからもう帰らないと、お母さんがやきもきし出すから」

「オレ、家の前まで送ってくよ♪」


寂しいなんて言ってられない。

キミを無事に家まで送り届けなきゃ!


「あ、オレ…ジャージのままだった…。

着替えるから待ってて!」

「何で着替えるの?」

「だってジャージじゃ…。

名前ちゃんのお母さんが出てきたとき格好悪いもん」

「そんなことないよ、ジャージの方がいいよ」

「でも…」

「ジャージ姿が見たいと思う、お母さん」

「ホント?」

「うん、スポーツマンの神くんが見たいはず」

「…それなら♪」




キミは荷物を纏めると、ニコッとオレに笑いかけた。

オレは携帯と家の鍵だけをポケットに入れる。

部屋の扉を開ける前に振り返ってキミにキスをした。

きっと今日最後のキスだ。

名前ちゃん家の前でお別れのキスはきっと出来ないし。

そう思って念入りにキスをした。

キスをする前に、頬を両手で挟んでオレに向けさせて、何度見ても飽きないその顔をじっくり堪能した。

恥ずかしそうに目を逸らす名前ちゃんの唇を、ソフトクリームをかじるみたいにして味わっていく。

上唇も下唇も口内も、その感触と味をオレの脳に完璧に記憶させたかった。

すっかりオレのキスになれてきたのか、キミは全身から力を抜いてオレに任せている。

オレの動きに合わせられるようにもなってきた。

舌を入れてるときだけはほんのちょっと苦しそうにするけれど、嫌がったりせずにオレを受け入れている。


名前ちゃん、オレがキミにどんなひどいことを強要しているか分かってない訳じゃないから。

今キミは、何を思ってオレのキスを受け入れてるの?

オレはとんでもなく欲張りな人間だから、やっぱりキミの気持ちが今すぐ欲しいよ。


オレが唇を勢いよく離すと、顎をビクッとさせて瞳を閉じたままのキミが見えた。

オレは勢いのままにギュッとキミを抱きしめる。

「好き…、本当に好き…、大好き…。

離れたくない…。

オレ、名前ちゃんが好きなんだ。

本当は家にだって帰したくない」

好きで堪らない、思考より先に言葉が口を衝いて出る。

何度も伝えてきたけれど、それでも今また伝えたかった。

「神くん…」

オレの切なすぎる訴えはキミをビックリさせちゃったみたいだった。

キミの体がみるみる強ばっていくのを体で感じた。

オレはそれでもキミを抱きしめたまま動けなかった。

本当は放してあげなきゃいけないって思ったけど。

「放したくない、好きなんだ」

どうしたいって聞かれたら、オレの体の中にしまい込みたいって答えるほかないって程にキミを強く抱きしめた。

キミの華奢な背骨が弓なりにしなった。
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