だって好きだから!

□♭12
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「到着ー」

キィーッ…

後ろを振り向いて名前ちゃんを見ると、涼しげないつもの表情に戻っていた。

「ありがとう」

スタッとしっかりした足取りで地面に下りる。

さっきのダメージはもうなさそうだった。


良かった♪


門扉を開けてキミを通す。

「神くんちって、庶民じゃないんだね」

オレがどうぞって背中を押すと振り返ってキミが言った。

「庶民だよ!?」

オレがクスッと笑ってそう言うと、

「絶対違うと思う」

口調はっきりにそう言った。


「海南に通ってるんだから、名前ちゃん家だってそれなりでしょ?」

「うちはそれでも庶民の域は越えてないよ、しかも中流。

神くんちは、どう見ても上流だよね」

目を丸くしてオレんちの庭を眺めているキミ。

オレはクスクス笑って

「行こっ」

と言った。


「神くん、もしかして家の中では着物や浴衣だったりする?」

「え?そんなことないけど。

オレってそんなイメージ?」

「うん。そんなイメージ」

真面目な顔でそう言うキミにオレはまたクスク笑った。



オレんちはちょっと古いからね。

しかも勝手に外観の改修とか工事とかが出来ないらしくて、母親はいつも困る…って言ってる。

見た目はそんなだけど、家の中は普通の家と変わらない。

ちゃんと近代化されてるから安心して。


玄関の前に着いたとき、オレはキミの耳元でそっと囁いた。

「オレは着物着てないけど、着てる人もたまにいるかな」

「誰?」

キミが肩をビクッとさせた。

「うっすらと見える人…」

「…お、お化け?」

ふふ…オレはキミに微笑みかけた。

「嘘!?…帰る、私帰る!!」

踵を返そうとするキミの腕を掴んで玄関の鍵を開ける。

「あれ?」

「あれって何!?」

「開いてる…」

「え…??」

「おかしいな…」

「そ、それって…!!」

カラカラカラ…

オレは玄関の扉を開けた。

「…」

「なにっ?なにっ?

神くんてばーー!」

「あ、さっきの嘘」

「…」

「なんだ、まだいるんだ…」

「…え?…何が?

…何がいるのーー??」

「親…」


「いらっしゃい♪」


「…」

目を見開いたまま今まさに気絶しそうってほどに緊張している名前ちゃん。

オレは手のひらをキミの目の前で上下に振った。

名前ちゃんは一度プルッと全身を身震いさせて、ようやく正気を取り戻した。


「…あ、…こ、こんにちは…。

あの、初めまして…

苗字名前です…。

今日は、お休みのところお邪魔させていただきます…」

フゥー…。

一気にそう言って大きくため息を吐いた。

「暑かったでしょう。

さあ上がってー。

冷たいものでも飲んで、一息吐いてちょうだい」

よそ行きの笑顔をたたえたまま、母親が“おいでおいで”と手招きをしている。

まさに妖怪だ。

その手招きに吸い寄せられるように、焦点の定まらない目で屋内に入っていく名前ちゃん。


行くなっ!その先はっっ!!


…なーんて、オレも中に入った。


母親の手招きするままにリビングへ入るオレたち。

なんだよ、お父さんまで…。


「お父さん、ほらこちら…」

母親が父親に声をかけ、名前ちゃんが今度は父親に挨拶をした。

そして

「これ、つまらない物ですけれど…」

と言って、オレと最初に落ち合ったときから持っていたあの箱を渡した。

「あっ、○○屋の水ようかんじゃないか。

こりゃありがたい」

父親が遠慮もせずに受け取って、この辺りじゃ老舗で有名な和菓子屋の名前を言った。

そしてその店の名物の水ようかんに完全に心を奪われている。

父親はその店の水ようかんが好物なんだ。

ま、この辺りの人なら大抵は好物なんだけどね。

オレも好きだし♪


「お父さん、お父さん。

ご・あ・い・さ・つ」

母親にそう言われて父親がようやく水ようかんの箱から目を離し、顔を赤らめ赤らめ挨拶をした。


なんでこう、うちの人間は極端なんだ…。


すっかり挨拶が済むと、母親がソファーテーブルに冷たいお茶を持ってきてみんなで飲んだ。

一刻も早くこの場を立ち去りたくて、オレの部屋に名前ちゃんを連れ去りたくて、オレは一気にお茶を飲み干した。


…むせた…


「何を焦ってるのー」

母親がおしぼりをオレに渡しながらそう言った。

余計なことを言われたくないオレは黙ったままだった。

…鼻がツーンとして何も言えなかった…。



一口お茶を飲むと母親が口を開いた。

「名前ちゃん、宗一郎は学校でどう?」

ニコニコと微笑を浮かべてそう言う。

「はい。神くんはバスケットのすごい選手ということもあって、校内ではとても有名なんです。

成績も優秀ですし。

……お、穏やかな性格ということで、女子にも男子にもとても人気があるんですよ」

そう答える名前ちゃん。

一瞬戸惑った箇所があるんだけど…。

でもそう評価してくれてるなんて、オレ素直に嬉しい♪

「まあそう〜!良かったわ〜!

ねえ、お父さん」

妙にニコニコして父親に微笑みかけると、再び向き直り口を開いた。

「この子、ときどき強引なところがあるでしょう。

だから心配してたのよ、ご迷惑かけてないかしらって。

どうかしらー?

そんなことない?

ある?ある??」

母親が身を乗り出して名前ちゃんに迫る。

「あ…」

名前ちゃんは言葉に詰まったようで、一瞬オレをチラッと見た。

オレが、やっぱり…って母親に対して思ったとき、

「あの、そんなことはないです。

とても親切ですし、周りの人たちからの信頼はとても篤いですから」

名前ちゃんが微笑を浮かべてそう言った。


…苦し紛れっぽいなあ…

でも気分いいけどね♪


「名前ちゃんはどう?

迷惑してない?」

更に身を乗り出す母親。


名前ちゃん怖がってないかなあ…オレがふられたらお母さんのせいだぞ。

第一そんなこと聞くなよ、答えにくいことこの上ないじゃないか…。


「わ…私ですか?私は…」

そう言ってまたオレをチラッと見た。

そして、

「私は、…私も普段とても親切にしてもらっているので迷惑なんてことは…普段は特には…。

ただ、どうして私なのかなって思うことはありますけど。

私なんて本当に…平凡ですから」

終始俯き気味にそう言って、遠くを見るような目つきをし最後にふっと微笑した。

名前ちゃんの様子を横目で見ていたオレは、猛烈に切なくなって今すぐキミを抱きしめたくなった。


くっ、両親の前じゃなかったらーー!

何も出来ない自分がもどかしいよ。



「まあ、そんなこと…。

かわいらしいわよねえ、ねえお父さん!

どこを見て平凡だなんて思ってるの?

まったく謙虚なのねっ。

でも良かったわ♪

迷惑じゃなかったのね、宗の気持ちがちゃんと通じてたのね、ねえお父さん。

いろいろ質問しちゃってごめんなさいね。

それだけが気がかりだったのよ、分かってくれるかしら?

そう?

良かったわ、安心しちゃった!

うちの宗一郎のこと、末永くよろしくね!

困ったことがあったら私に言ってちょうだい。

ねぇー。

んふふふ♪」

そう言ってお茶をグイッと飲むと、

「じゃあお父さん、そろそろ出かけましょうか。

名前ちゃん、ゆっくりしてってね。

良かったら夕飯の時までいてちょうだい。

もしもの時はおばさんがおうちにお電話するから。

女の子はいいわよねぇ、ねえお父さん」


そう言って、あっという間に家を出ていった。

やれやれ…。
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