だって好きだから!
□♭11
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今日も朝からとっても楽しい。
爽やかな朝だ。
自転車を漕ぐ足取りの軽いのなんの。
坂道なんて全速力で駆け上がった。
下りはヤッホーって叫びたいくらい。
そのままのテンションで学校に乗り込む。
校門前で自転車を下りる。
下りた途端に汗が噴き出す。
おふざけが過ぎたのか大量発汗でオレらしくない雰囲気になってしまった…。
でもそんなこと関係ない!
だって今日はオレの部屋にキミが来るんだから♪
オレが体育館に入ると、すでに何人もの部員が来ていた。
牧さんや信長もいる。
信長はしきりに牧さんに何かを頼んでいるらしい。
牧さんは煙たそうにして取り合う様子を見せない。
それでも
「私服も切符代も持ってきちゃったんで!
オレも全国ってのを…」
と言いながらまとわりついている。
オレは牧さんに挨拶をしに近づいた。
するとオレに気付いた信長が
「あ、神さん!
今日、知ってたっすか?
名古屋行くって牧さん!」
相変わらずでたらめな日本語だなぁ…。
「うーん…。知ってた気もするけど。
でもオレたちは行かないだろ」
オレは先週の初めに牧さんと高砂さんが話し合っていたのを思い出した。
結局、牧さん一人で行くことにしていたはずだ。
「さっきからそう言ってるんだが…」
牧さんが信長をチラリと見てうんざりした声を出した。
「だって…!」
信長が慌てて牧さんに取り縋る。
だっても何もなかろう…そう言って自主練に集中する牧さん。
オレはそんな二人に別れを告げて、ストレッチをしアウトサイドシュートの練習を始めた。
牧さんは九時過ぎに自主練を終えてロッカールームに引き上げたようだった。
それに気付いた信長が慌てて後を付いていく。
また同じ遣り取りを繰り返している。
ハハハ☆
結局、付いてくことになるだろうな。
牧さんは結局のところは面倒見のいい人で、縋り付いてくる後輩を足蹴にしたりするような人じゃない。
信長は信長で、言い出したらたとえ相手が牧さんだって引かない頑固さを持ち合わせてるからね。
オレが二人の遣り取りを見ていることに気が付いたらしき宮さんが
「信長も大概しつこいなぁ。
牧も牧で連れてくって一言言ってやればいいのに。
あのまま名古屋まで乗り込むつもりか、あの二人」
そうオレに笑いかけた。
オレは思わず笑みを漏らして
「無関心でいるよりは頼もしくていいですよ。
牧さんの凄さの再確認もできるし」
視線は二人に向けたまま宮さんにそう言った。
宮さんも二人に視線を向けたまま
「ああ、その通りだな」
と言ってメガネをクイッと上げた。
11時に駅前で、それが名前ちゃんとの約束だ。
オレはその時間に合わせて自主練を終了した。
暑い中でキミを待たせないように早めに学校を出る。
待ち合わせの場所には十分くらい早く着いた。
よしよしまだ来てないな♪
オレが安堵のため息を吐いたところで、
「神くん」
と後ろから声をかけられた。
くるりと振り返るとキミがいた。
「名前ちゃん、まさかもういたの?」
オレは自転車のスタンドを立ててキミに近付く。
「ううん、今来たところ。神くんは?」
初めて見る私服に身を包んだキミが爽やかな微笑みをオレに向けている。
「今来たところだよ!
良かったよ早く来てみて。
一分でも早く会いたかったんだ」
オレはそう言ってキミを優しく抱きしめた。
「ああちょっと!
荷物が潰れちゃう!!
これ、神くんちに持っていくおやつなの。
大事に持ってかないと!!」
するりとオレの腕から抜け出して、手に持っている箱をしきりに気にしている。
「いいのに、そんなの気にしなくって。
両親共に午後は出かけるって言ってたし」
母親に、今日名前ちゃんを家に連れてくるって言ったのは夕べのこと…。
風呂から上がったオレはキッチンにいる母親に話しかけた。
すると…
「家に上げるのは構わないわよ!
ただお母さんたち午後は出かけるのよねぇ…。
都合いいなんて思ってるんじゃないからね。
余所様のお嬢さんに変なコトしたら殺スから…!」
と釘刺された。
「なにそれ、ボク分かんな〜い」
ってふざけて言い返したけど、
「今ここに誓いなさい!」
って凄まれて、
「分かってるよ、しないよ。
大体そんなコトしたらオレ嫌われちゃうからできないし…」
ぼそっと言ったら、急に態度をコロリと変えて、
「あらあら良い子そうじゃないの♪」
なんて言い出した。
しかも、
「昔から甘えん坊だからお色気タイプが好きかと思ってたわー」
なんて言ってぷぷぷと笑った。
「言ってる意味が分かりません…」
って一切笑わずに返したら、
「あのねえ、身持ちが堅いっていうのはいいことなのよ」
と言った。
「ふーん…」
オレは母親にそう返事をしたけど、身持ちが堅いなんて男には迷惑なだけだ…って思ってた。
仮の彼氏のオレが言えた義理じゃないんだけど…。
もちろん母親にも仮の彼女だとは言ってない。
一部始終を話したら、いくらオレの母親でも卒倒するだろうな…。
言うつもりはもちろんないけど。
「そんな不服そうな声出してるんじゃないの。
中身を見てくれてるんだって幸せに思いなさい!」
今度は急に口を尖らせた。
「そうなのかなぁ…」
そう呟いたオレは、何しろ仮だからねって思ってた。
本当のところ、名前ちゃんが身持ちの堅い子かどうかもオレには分からない。
そんなオレの心の内を知るはずのない母親は、
「そういう子は心で向き合えば心で返そうとしてくれるはずよ。
焦らず中身で勝負しなさい、どうしてもその子がいいならね。
そうすればいつか振り向いてくれるかもしれないよ、かもだけどね」
と言ってフッフッフッと笑った。
オレはダイニングテーブルに腰掛けて冷蔵庫から出した冷たい飲み物を飲み始めていた。
「いつかねえ…かもねえ…」
頬杖をついて気のない風にそう返事をし、心の中では二ヶ月以内なんだよねぇ…絶対なんだよねぇ…って呟いていた。
「現状を変えたければまず自分が変わること、相手だけを変えようとしたってムリよ。
そうすれば少しずつ何かが変わってくかもしれないよ。
宗を好きになってくれるかもしれないよ」
………ん?
「…なんで名前ちゃんがオレのことを好きじゃないと思ってるのかな、お母さんは」
オレは感じ悪ーい声を母親に返した。
なんで話の方向性がそっちの方に行ったんだ!?
それに、たとえ本当のことでも人から言われるとなんかね…。
「だって、ボク片思いですって顔に書いてあるもの」
クククッと母親は笑って言った。
むむぅ…。
プイッとオレはそっぽを向いた。
だからお母さんと話すのは嫌なんだ、何でも知ったかぶって人の心をえぐるんだから…。
だいたい、なんでこんな話し母親としてんだよ。
結局は責任とれるようになるまでエッチするなってことだろ。
はっきりそう言って後のことは触れてくれないで欲しい。
ふて腐れたオレはそのときそう思った。
母親はそんなオレの様子を見てヤレヤレ顔をする。
「とにかく、ハートでぶつかんなさいよ」
くしゃっとオレの髪を無造作に撫でて出ていった。
テーブルに突っ伏すオレ。
あーあ…。
分かってるよそんなこと…。
言われるまでもなく分かってましたから!
…………
…明日からは心でつながる努力もしよ…
そしてオレはキミとケーキ屋さんに向かう。