だって好きだから!

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オレは鼻歌交じりに部室の扉を開ける。

「チュース!」

パタンと扉を閉めロッカーに向かうオレ。

そんなオレに武藤さんがすごい形相で近づいてきた。

「神、おまえ…。おまえってヤツは!」

「どうしたんですか、武藤さん」

「公衆の面前でしかもこんな真っ昼間から…あの、その…(キス)…とはどういうことだ」

胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いなのにキスだけやたら小声で言った。

オレが目を丸くしていると、

「あぁっ!!

秘密って言ったじゃないっすかー!」

信長が慌てて駆け寄って来て武藤さんの口を塞ごうとする。

なるほどね。

「公衆の面前でなんて…オレそんな恥ずかしいことしませんよ」

オレは平然と言った。

周りで騒いでいる信長を、五月蠅いっ!あっちいけ!と払い除けながら武藤さんは続ける。

「神が図書館のそばで思いっきり(キス)してたって、信長が言うから…」

相変わらずキスの部分だけやたらに声を潜めて言う、もう聞き取れないくらいだ。

「わあわあわあ!!!」

信長が更に慌てふためく。

「信長、見てたの?」

オレは信長に視線を移して言った。

「…二階の通路から丸見えだったんです…」

初めは言いたくなさそうにしていたけれど、武藤さんに小突かれてそう白状した。


二階があったか…上までは気にしてなかったなあ。

名前ちゃんに知れたらやっかいなことになりそう…。

絶対秘密だな。



「やっぱり(キス)してたのか」

チッと武藤さんが舌打ちをする。

「周りに人がいなかったし、上から覗かれてるなんて思いもよらなかったから、です。

まさか、上から覗き見してるヤツがいるなんて思わなかった、んです」

オレは信長をチラチラ見ながら武藤さんにそう言った。

信長はオレと目が合う度にビクッと身を縮ませている。

オレはキスの時のことを思い出してニヤッとした。

そんなオレに武藤さんが詰め寄ってきてた。

「おまえ、チュッ程度のかわいい(キッス)じゃなくて両手押さえつけて拘束した上で無理矢理(キス)したって聞いたぞ!

イヤイヤって苦しそうにする彼女の(唇)を二度に渡って奪い、従順になったところでようやく離し、“いい子だね”って今度はおでこに(キス)したんだろっ?」

「なんですか、それ」

むしろキスってはっきり言った方が普通に聞こえる気がするんだけど、むしろ卑猥な感じに聞こえるんだけど…。

「しかも彼女、カワイイんだろう!?

すごくカワイイんだろう!?

カワイイ子にそんなことしていいと思ってんのかっ?

カワイイ子っていうのはだなあ、おまえ一人のものじゃなくって、男子全員の共有財産なんだっ!

そんな鬼畜みたいな真似、許されると思ってんのかっっ!!

構内で見せつけるがごとく(キス)してんじゃないっ!!」

一気にまくし立てる武藤さん。

その目つき、試合中にも見せて欲しいな。

ゼェッゼェッ…て息使いが物凄く荒くなってる。

大丈夫かな、武藤さん。

一試合終わったってそんなに肩を上げて息してるところ見たことないよ。



オレは俯いて言った。

「そんな風に見てたんだ、信長…」

「ヒィッ…」

信長が震え上がった。

「…もうやだなあ、オレのことどんな人間だと思ってるんだか。

ただの恋人同士のイチャつきですよ♪

信長、変なDVDの見過ぎなんじゃない?

それに、カワイイって言われてる子達が世間でどんな風に扱われてるか知りませんけど、名前ちゃんはオレのものなんで、変な目で見ないで下さいね」

オレが笑ってそう言うと、

「ははっ。おまえは根っからそんなヤツだろう。

オレは遠目にしか見たことないから想像のしようもないけど、信長はさっきのキスシーンを今夜のおかずにしようって言ってたぞ♪」

武藤さんが妙に上機嫌にぺらぺらっとしゃべった。

「…」

「う、嘘です!神さん…!」

「…」

「じょ、冗談ですよ…!!」

「あ…!」

「…」

「武藤さん助けてっ!!!」

「…」

「…」

「ぎゃああぁぁああ…!!!!」



後日、清田信長はその時のことをこう語っている。


ノブナガ、青ざめた顔をして

「ただただ、身も心も真っ黒になったっていうか…」

インタビュアー、首を傾げて

「真っ白になったんじゃなくて?

よく、真っ白になるとか言いますけど…。

Joe Yabukiもそう言ったと伝えられていますし」

ノブナガ、大きく首を横に振って

「違う、そういうんじゃないんす…。

大きなどす黒い塊に身ごと押し潰されるみたいな…魂が鷲掴みにされて握り潰されるみたいな…。

ああぁ…」

ノブナガ、ガタガタと肩を抱えて震えた…。








「よしてくれよ、神」

信長を捨て置き、着替えを始めたオレに小菅が笑いながら近づいてきた。

「オレ、月曜から苗字の顔まともにみれないぜ」

教室でも抱きついてただろ、と言った。

「…出来る限りのことはしないと」

オレは呟くように言った。

「おまえ…。本当に本気なんだな、神」

小菅はちょっと感心したように言った。

「もちろん。

キスは許されてるんだから、キスの範囲で出来る限りのことをしないと…」

オレは前をジッと睨んでいった。

「え?」

「絶対にキスまでしか許してくれないんだ。

変なコトしたら即刻別れるなんて言っちゃって。

まったく、あの日が近いんだかすぐプンプンするし。

でも、絶対キスまでって言うならそこまでで頑張るしかないだろ…。

オレ、キスだけでイカせられるようにしようと思って」

「は!?」

「早くオレに惚れさせないと、オレがやばいんだよ。

抱きしめたりキスしたりだけなんて、男だったら耐えられるわけない。

分かるだろ、小菅!

真綿で首を絞めようって魂胆かな?

ああ見えてSなのかも…名前ちゃんて。

…小菅、なんかいいこと知ってたら教えてくれよ、オレ、必死なんだ。

おまえの言うとおりなんだ。

本当に本気なんだよ、オレ。

明日だってオレんち来るのに、勉強しかしないって言って…。

オレは勉強どころじゃないってのに…。

一回はシなくちゃ勉強に集中なんて出来る訳ないだろ?」

「…」

「小菅の言いたいことは分かるよ。

押し倒してなんとかなるもんならオレだって迷わずそうするけど…」

「!?…オレは何も」

「名前ちゃんて子は意志が強いんだ。

結構頑固なんだよ。

そこがかわいくもあり、裏を返せば一途ってことな訳だから、好きにさせたらどんなに幸せかって思うところだけどぉ♪

…だから彼女の意志を無視するようなことはしたくないんだ。

小菅のアドバイスは尤もだけど、以前のオレならそうしてるところだけど、今のオレには出来ない。

名前ちゃんを泣かせるようなことはしないって決めたんだ…!」

「だ、だからオレは…」

「分かってる。

そんなの一時的で押し倒しちゃえばこっちのもんだってことは…。

………。

ありがとう小菅。

おまえのお陰で踏ん切りついたよ。

オレ、頑張る!キスだけでイカせてみせるよ。

これはオレに与えられた乗り越えるべき人生の課題なんだって思えてきた。

小菅、何から何までありがとう。

オレ、おまえが友達で本当に良かった!!」


小菅は声が出なかった。

言うべき言葉が見つからなかった。

ありがとうと言われて、どういたしましてと微笑み返す気にもなれなかった。

ただこう思った。

神という男がこれほど自分の理解を超えた思考の持ち主であるとは…。


小菅は俯き、考えた。

自分の思考範囲で出来うる最高の言葉を彼に掛けてあげたいと、せめてもそうしたいと思ったからだ。

「…。

…。

…。

…今夜から明日の朝にかけて、…さすっても叩いてもどうにもなんないってくらいにしろよ。

そうして性欲という性欲を一時的に消し去れ。

キスする気にもならないくらいに、だ。

オレにアドバイス出来ることはただそれだけだ」

小菅がそう言って顔を上げたとき、すでに神は彼の目の前から消え去っていた。


「…神?

…神!?

…神ーーー!!!

オレを置いていくなよーーー!!!」


小菅は今まさにロッカールームを出ていこうとする神に飛びついて行った。

「何するんだよ、ぼーっとしてたくせに急に。

オレは男は嫌いなの」

「オレはおまえがいないと寂しいんだよぉ」

神は煙たそうに小菅を引きはがそうとする。

そんな神にひたすらくっつこうとする小菅。

なんだかんだで彼らは大の仲良しなのだ。




二人が出ていった部室では…

「小菅のヤツ、変な独り言呟いてなかったか!?」

「ああ。大丈夫なのかヤツは…」

「ほらアイツ、女子と付き合ったことないから…」

「それで…」

「欲求不満が溜まってるんだな」

「…かわいそうに」


健気な小菅くんに対する周囲の評価は北風のように冷たいのでした。




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