だって好きだから!

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「泣いたら少しすっきりした」

歩きながらぽつりと名前ちゃんがそう言った。

オレは自転車を押してキミの横を歩く。

自転車の後ろにキミを乗せても良かったけれど、一分でも長く一緒にいたくて歩いて送っていくことにした。


「もう泣かないで」

オレは出来る限りの優しい声でそうキミに言った。

「今夜も泣くかも」

キミの声に険が宿る。

せっかく直りかけていたキミのご機嫌を、また損ねてしまったみたいだ。

「一人で泣かないでよ」

でもこれが本心だから仕方がない。

キミがそっぽを向く。

「そんなこと言ったって…。

悲しいものは悲しいんだもん」

「じゃあ、オレが一緒にいるよ」

「…」

「じゃあ、泣かないでね」

そう言ったオレを下からギンと睨んで、

「泣いたらすっきりするんだよ!?」

と言った。

「でもオレの知らないところで名前ちゃんが泣いてるなんて、オレ嫌だから」

「もっともらしいこと言ってるけど、神くんが泣かせたんだからね」

「分かってるよ」

「じゃあ、いいじゃない」

吐き捨てるように言った。

「泣くならオレのいるところで泣いてよ」

「窒息しそうになるのもう嫌だから遠慮しとく」

「もうしないよ」

「神くん、私のこと少しほっといて。

二ヶ月間はちゃんと彼女でいるから、それだけでいいでしょ」

大きなため息をわざと吐いて、だるい声を出した。

「泣きついてきたの、名前ちゃんじゃない」

すごく意地悪なオレ。



ちょっとの間を置いてボソッとキミが呟く。

「そっか…ごめんね」

「謝らなくてもいいよ、オレはキミにもっと酷いことしてるんだ」

オレは進行方向をじっと見つめてそう言った。

「…」

何も答えないキミにオレは独り言のように言う。

「二ヶ月たってもオレは名前ちゃんを放さない、キミはオレのものだから」

キミがオレを見上げる。

目が見開かれてる。

「そんなの約束が…」

「オレはそういう覚悟でいるんだ。

いくらオレが泣かせて悲しませた結果だとしても、キミが泣いてるのをほっとける訳ない!

オレがどんなにキミに酷いことをしてるかも分かってるつもりだよ。

それでも好きなんだ、恨まれても憎まれても…。

そうしなきゃ、オレの気持ちなんて気付いてくれなかっただろ?

そのためにできた障害ならオレはそれを乗り越えてキミの元へ行く。

オレが流させた涙を拭きに行く。

好きなんだ、たとえキミが誰を好きでも。

オレから離れないって誓わせられるなら、

オレのことを好きにさせられるなら、

どんな呪いの言葉だってオレは吐くよ、

今すぐにでもね」

なぜだろう、いつになく感情的になった。

まったくらしくないな…。

言うつもりのなかった言葉をキミに浴びせかけてしまった。

自分を正当化したかったのかもね。


「…神くん!」

キミの息を呑む音が聞こえた。

その音がオレをまた狂わせる。

「名前ちゃんがなんて言ったてオレの気持ちは変わらないよ。

変わるのはキミの気持ちだよ。

水島への気持ちはどうでもいい。

だけど、オレのことをアイツの何倍も好きになって!

他のヤツなんてどうでもよくなっちゃうくらいにオレを好きになって!」

「…」

オレたちはいつしか立ち止まっていた。

鞄を握るキミの手が小刻みに震えている。

大きく見開かれたままになっている目が、街灯の光を受けてゆらゆらと揺れていた。


「ごめん、大きな声出して…。

オレが勝手なのは分かってる…。

オレってなんでこんな人間なんだろ。

勝ち気なのはスポーツをやる上ではすごく大事な要素なんだけど…。

人当たりだけは良くしてきたもりだったのに、これじゃあまったく鬼畜だよ…」

オレはさすがにちょっと自分に呆れて、小さくため息を吐いて天を仰いだ。





「好きにさせてくれるんでしょ?」

名前ちゃんがあまりにはっきりした声で言ったので、返って何を言われているのか一瞬で判断が出来なかった。

「えっ?」

「二ヶ月で好きにさせてくれるって言ったじゃない…」

「…そのつもりだけど」

「じゃあそんなこと言わないでよ。

鬼畜を好きになる予定は一生ないから。

鬼畜と付き合ってました、なんて過去もいらないし。

あ、現在進行形…?」

最後は一人で言って一人で首を傾げていた。

「あ、うん」

オレは勢いに押されるように返事をした。


「私のことそんなに好きでいてくれて、ありがとう…」

キミは俯いて小さな声でそう言った。

「…どういたいまして」

また流されるようにオレは答えた。



「じゃあ、もう一回だけ胸貸してよ」

「うん…」

オレは話の流れが掴めなくてぼんやりしていた。

オレが大きな声を出した辺りからの流れを頭の中でおさらいする。


まだ全然おさらいできてないうちに、名前ちゃんがオレにしがみついてきた。

そして静かに咽び泣いた。


「ん?」

オレはまったく状況に着いていけなくて思わず首を傾げた。

「ん、じゃないでしょ。しっかりサポートしてよ」

「あ、はい。えとじゃあ、よしよし…」

何で急にオレの前で泣く気になったのか、オレにはよく分からない。

あんなに恨めしそうにしてたくせに。


でもおかげさまでこうしてキミのぬくもりを全身で感じられる。

オレはキミの背中に腕を回してそうっと包み込んだ。


住宅街の細い道に入っていたからほとんど人は通らなかったけど、見かけた人はきっとなんだろうと思っただろう。

オレはキミの顔が通行人から見えないようにオレの胸に静かに押しつけた。


オレは何度もやましい気持ちに襲われそうになったけど、キミとの約束を思い出して必死に我慢した。


腰のくびれがヤラシイんだもん…。

胸の膨らみとか感じるし、そこだけ柔らかさが違うしさ。

いい匂いもする…。


襲ってくださいって言ってるんだよね?

オレに食べちゃってって言ってるんでしょ?

オレって健全系性少年だからこういうのに耐性ないんだけど…


そんなことを思ってたら、突然名前ちゃんが

「あーすっきりした!一旦すっきりした!」

と言って大きく伸びをして、夢のような時間の終了を告げた。



「水島のこと忘れた?」

ってオレが聞いたら

「そう言うわけじゃない」

って名前ちゃんは言う。

「オレのこと好きになった?」

って聞いたら

「そう言うわけでもない」

って言う。

「そろそろ、オレとシてもいい気になった?」

って聞いたら、

「それは絶対ない!」

と軽蔑のまなざしを向けてきた。


ふーん。

じゃあ上の二つは絶対でもないんだね♪



キミの家までのわずかな距離を再び歩き始める。

「ねえ、今日帰ったら何見るの?」

名前ちゃんがオレにそう聞いてきた。

「取り敢えず天気予報」

ってオレが答えたら

ふふふと笑った。

教室で見せてくれるあの笑顔だ。


「私はねえ…」

と今人気のバラエティ番組のタイトルを言った。

「オレ、課題まだだもん」

と言ったら

「私は図書館でばっちり済ませたよ」

って得意げに言う。

「それってオレのおかげじゃない?」

って言ったら、

「そうかもね」

てニコッと笑った。

その笑顔も教室で見せてくれる笑顔だね。


やっと笑ってくれた、オレに大好きな笑顔を見せてくれた。



名前ちゃんの家の前に着いたとき、

「送ってくれてありがとう。

また明日ね、気をつけて帰ってね」

と言ってくれた。

嬉しすぎてまた抱きしめて何度もキスをしたら、

「ぐるしい…」

と唇が離れたわずかな瞬間に言われてしまった。

「ごめんね」

って言ったら、

「気をつけてくれないといつか死ぬ」

と真顔で言われた。

その表情や言い方がかわいくてまたキスをした。

オレが自転車にまたがると

「今日はありがとう」

って言った。

「なんで?」

って聞いたら

「なんでかな?」

って首を傾げた。

その仕草がかわいすぎてまた…今度はちゃんと呼吸が出来るように注意しながらした。


今度するときに呼吸の仕方、教えなくっちゃ。



そう言えばすっかり忘れてたけど…

オレは頭の中にある名簿の三上の欄に横線を引いた。


オレとしたことが…。

それどころじゃなかった、ってことだね。
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