だって好きだから!

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自主練を終えて、身支度を整えてからメールを送信すると、

「今から行く」

という趣旨の返信がすぐにあった。


校舎に隣接して建てられている図書館から体育館への道のりは、校舎内を通るか直接外に出るかのどちらかだ。

オレが体育館の入り口で待ってるっていう趣旨のメールを打ったから、道は一本しかない。

オレは体育館を出て真っ直ぐに図書館へ向かった。

と言っても、せいぜいオレの足で一分程度の距離。

オレは一分でも早く会いたくて、図書館の入り口でキミを待つことにした。

雨は止んでいて、むっとした空気が立ちこめていた。

妙に青臭い臭いがして、植物の強烈な生命力を体全体で感じた。



オレが図書館の入り口に着くと、スタディルームがあるところの階段を名前ちゃんが下りているところだった。

少し慌てた様子で下りている。

慌てなくていいのに、そう思いながらもあったかい気持ちになった。

そんな心遣いを見せてくれるなんて思ってもみなかったから。

嫌われても恨まれても仕方ないことをオレはキミにしたのにね。


外にいるオレからはキミの姿がよく見えるけど、明るいところにいるキミからは暗がりにいるオレの姿は全く見えないみたいだ。

IDカードをかざしてセキュリティシステムをすり抜ける。

自動ドアの前で一瞬止まってドアが開くのを待った。

漸く表に出てきたキミにオレは暗がりから声を掛けた。

「名前ちゃん♪」

肩をビクつかせ思いっきり驚く名前ちゃん。

人って本当に驚くと大きなリアクションはとらないものらしい。

オレだと気付くと胸に手を当てて大きく息を吐いた。

「ビックリした〜!

体育館の入り口で待ってるって言わなかった?」

「うん。そのつもりだったんだけど、もしかしたら間に合うかなと思って。

構内と言っても夜道だからね」

オレはそう言って名前ちゃんの手を取って歩き出した。

オレが手を握ったとき、一瞬強ばった感じがしたけれど、次の瞬間には力が抜けてオレに握られるままになった。


そこから駐輪場まで二人で歩く。

オレは敢えて水島の話題には触れず、何の勉強したの?とか、捗った?とか、来週のテストはバッチシだね、とかそんなことばかりを話した。



オレが駐輪場で自転車の鍵を解除しているとき、

「聞かないの」

抑揚のない声で名前ちゃんが言った。

オレは下を向いた姿勢のまま

「オレのことを待っててくれたのが答えでしょ」

と言った。

キミはわずかに声を震わせて

「神くんと付き合ってるって言ったよ」

と言った。

オレはゆっくり姿勢を戻した。

「なんで?って聞かれたよ」

キミがオレの目をじっと見て言った。

暗闇の中でキミの瞳が光って見えたのは涙のせい?


オレは掴みかけていたハンドルを放し、キミの正面に回って立った。


「私、ごめんねって言ったの」

「うん…」

「訳分からないって言われた」

「うん…」

「だから、今はごめんねって言ったの」

「うん…」

「そしたら…ますます訳分からないって言われたよ」

「…」

キミが項垂れるように下を向いた。


オレは…

オレはキミを抱き寄せた。

本当はこんな資格ないけど、でも…。


抱き寄せたときにやっぱりキミは体を強ばらせたけど、オレが頭をそうっと撫でたら力を抜いた。

オレに静かにもたれかかった。

誰かにこうしていないと立っていられない、そんな風だった。

ごめんねって謝りたかったけど、これを望んだのはオレだった。

本当はオレさえ退けばって分かってた。

それでも退けなかったのはオレだから。

今なら間に合うとしてもやっぱりオレは一歩も退けない。


だってキミが好きなんだ。


キミはオレのものなんだ、

なぜってオレがそう決めたから。


それからオレもキミのものだよ。 

だからオレのものは何でもキミに分けてあげる。

たとえそれがオレの持てるものすべてだとしてもね。


キミは今何を思ってる?

オレが憎くて仕方ない?

それでもオレはキミが好きなんだ。


許してなんてくれなくていい。

憎んでくれたままでいい。

ただ一つ叶うなら、どうかオレを好きになって…。



キミを抱きしめながら到底懺悔とは呼べない懺悔をした。



「神くん。私、どうしたらいいのか分からない…」

「うん…」

「私のことなんで好きになったの?」

「…」

「最後に…神が相手じゃ出る幕ないね…って言ってたよ」

「…」

「私なんて………」

なじるような声の後に、うう…という嗚咽がオレの腕の中でした。

耳から骨からオレの脳に響いた。

悲しみに耐えている、堪え忍んでいる、オレの心にそう響いた。


泣かないで…


泣くように仕向けたのはオレなのに、そんなこと思うなんてどうかしてるよね。


そうしてオレはキミが泣く止むのをこうしてじっと待ってるなんて。


それでも願わずにはいられない。

どうか一秒でも早く泣きやんで。

そして悲しみを忘れてしまって。




いつしかキミの嗚咽が止んで、しゃくり上げる息づかいが徐々に小さくなった。


息が整い、穏やかな呼吸が一定のリズムで繰り返される。

オレの胸に額をくっつけて体重を預けるキミはまるで小さな子どもみたいだ。


そうしてキミは意を決したように大きく呼吸すると、重心を戻し自ら立とうとする。


刹那的にオレはそれを邪魔する。

キミをきつく抱き寄せ後頭部を包み込むように押さえてキスをした。


「やめて…」

キミが体を強ばらせて抵抗したけれどオレは力に物を言わせて唇を合わせた。

唇を固く閉じて更に抵抗したけれど、オレはそれを無理矢理こじ開けて舌を絡めとった。

腕をオレの胸に押し当ててオレの体を剥がそうとしたけれど、オレは一向に構わなかった。


そうしているうちにキミの全身の力が急速に抜けてだらりと重力に従順になった。

そこでオレは初めてキミから唇を離した。

オレの腕に背中からもたれ、うつろにオレを見つめる。


オレはそんなキミを上から見つめ、

「好きだよ」

と言った。

無表情のままオレを見つめ返す。

「好きなんだ」

オレはもう一度言った。


「分かった…」

ゆっくりと瞳を逸らしてキミがそう言った。
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