だって好きだから!

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放課後、部活に行く前に名前ちゃんと帰りの確認をする。

「遅くなっちゃうけど、大丈夫?」

「うん。テスト前とか結構遅くまでいたりもするから。
取り敢えずは今日から夏休み前までだよね」

「じゃあよろしくね!

…今から行くの?」

「…どこに?」

「水島のとこ」

「うん」

「…」

「…今は付き合えないって言ってくるから」

「あんまり長く一緒にいないでね」

「…そんなに長くいられないと思うよ」

「…ごめんね」

「謝るくらいならしないでよね…」

「無理」

「…」

「だって好きなんだもん」

「………また後でね」


そう言って片手に鞄を持ち片手に携帯を握りしめて名前ちゃんが足早に教室を出ていった。



「神。行こうぜ」

小菅がオレに声をかける。

オレは鞄を持って立ち上がった。



体育館への道すがら、やっぱり名前ちゃんのことが気になった。

今頃、水島と落ち合ってるのかな…。


…信じるしかない

こんなことしておきながら信じるも何もないんだけどね


ぼんやりと空を眺めながら名前ちゃんを想った。



「神。何かあったのか?」

小菅がそんなオレを不思議そうに見て言った。

「いろいろとね」

オレは窓の外の濃い灰色の空を眺めながらそう言った。

「ふ〜ん。
…しかし帰る頃には上がって欲しいな〜この雨。蒸し暑くてしょうがないぜ」

小菅はそれ以上突っ込むことはせず、オレと一緒の空を眺めてそう言った。

「うん、帰る頃には上がってるといいね」

オレは独り言のようにそう呟いた。




ロッカールームで着替えを済ませ、昨日と同じ位置に座り窓の外を眺めた。

小菅が近づいてきて

「今日もなんか見えるか?」

とオレに笑いながら言った。

「うん、よく見えるよ」

オレが立てた膝に顎を突いて窓の下方を見ながら言うと、

「どれどれ!」

「ちょっとどけよ!」

「ズルイッ!オレも!!」

と言って小菅、武藤さん、信長が押し寄せてきた。

「暑苦しいなー、信長は後からにしろよっ」

「武藤さんこそ大人げないっ!」

そんな遣り取りをしながらなんとか譲り合って窓の外を覗く三人。

「いい加減にしろっ。覗き見なんて趣味悪いぞ!」

そう言いながら牧さんが近づいてきて、結局は“覗き”に参加していた。



「…?何にもないじゃんかよ」

「野郎が一人歩いてるだけじゃねえか」

「…あれって、確か昨日の…。
神さんが好きな人って男の方だったんでしたっけ!?」

「!?…水島か…?
信長、おまえすごい視力だな!傘さしててほとんど見えないじゃないか」

「なんだよ、野郎には興味ねえっての!」

「アイツこんな時間に帰るのか?中途半端なヤツだな。テスト前だからとっくにみんな帰ってるのに…」

「道にでも迷ってたんじゃないっすか?
ぶすくれてますよ」

「どこに迷うような道があんだよ」

「じゃあ先生に怒られてたとか」

「そんなタイプじゃないぞ」

「彼女にふられてたとか!ハハハ!」

「信長っ!!」

「あっ…」

「…神!」



「よく分かったね、信長」

オレはそう言って立ち上がり、窓をピシャリと閉めて牧さん達に向き直った。


「どういうことだ、神」

小菅が言った。

「そういうことだよ」

オレは小菅を見返して微笑した。

「なんでおまえが知ってるんだってことを小菅は聞いてるんだ」

牧さんが言った。

「水島は昨日…あの後メールで名前ちゃんに告白したんだ。
返事は今日の放課後直接くれってね」

「それで?」

「オレは今朝そのことを名前ちゃんから聞いた」

「それでっ?」

「オレと付き合ってってオレも名前ちゃんに言った」

「そ、れで…?」

「今日から付き合うことになった…」

「!!!!
な、なんだ…苗字は神のことが好きだったのか…いや、ホッとしたぜ…!
良かったな!!昨日は変な心配しちゃったよ、オレ」

「いや、水島が好きだってはっきり言われたよ」

「えっ!?」

「でもオレ、どうしても付き合いたいってごねたんだ」

「…」

「だからって…」

驚いて声の出ない様子の小菅に変わって、武藤さんが口を開いた。

「はい、散々抵抗されましたよ」

「抵抗…?」

今度は牧さんが口先だけの力のない声を出した。

「やだなあ、何もしてませんよ。何もしないうちに付き合うって言ってくれたんです」

「それって…」

信長が遠い目をして言った。

「何にもしてないって言ってるだろ」

「分かった、分かったよ、神」

武藤さんがオレの肩を押さえて言った。

「ただし、交換条件があるんです」


「どんな…?」

小菅がやっと声を出した。

「今日から二ヶ月間だけ仮の彼氏と彼女になるって。その間にオレのことを好きになれなかったら、きれいさっぱりお別れするっていう条件」

「いいのか、そんなんで…」

小菅がオレを心配そうな目で見つめる。

「好きにさせる。
二ヶ月たってオレのこと好きになってたらずっと付き合えるし。
…キス以上のことも出来るし」

「キスって、まさかっ」

武藤さんが目を見開く。

「キスはいいって言ってくれんです」

「本当か!?」

「…仮に付き合ってくれるって約束してくれたとき、嬉しくてついしちゃったら、本当はダメだけど…って言ってくれたんです。
それ以上のことはしないって約束したし、仮とは言え付き合ってるんだから、キスくらいいいですよね」

「…どうかな…」

「それで、おまえと仮にだが付き合うことになったために、水島というさっきの男はその女子にふられたってわけだな?
おまえが余計なちょっかい出さ…」

「好きだったんです!」

オレは牧さんの言葉を遮ってそう言った。

牧さんはびっくりした顔をし、そのまま黙っってしまった。

「なんて言って断ったんでしょうね…」

信長が遠くに向けていた目を切なさそうにして言った。

「今は付き合えないって言うって言ってたけど。
不誠実なことは出来ないって言ってくれて」

「それっておまえに言ったんじゃ…!」

そう言って武藤さんが黙った。


「たった二ヶ月でもちゃんと彼女するって言ってくれたし、オレも精一杯愛を注ぎます。
二ヶ月後には絶対オレを好きになっててもらう…」


「神、一つ聞いてもいいか?
なんでおまえはそこまでその彼女にこだわるんだ?」

牧さんが伺うようにオレを上目遣いにジッと見て言った。

「好きだから…です。
だって…好きだからです!!
それ以上でもそれ以下でもない、それしかないです。
狂いそうなほど好きなんです、オレ」

オレは牧さんを真っ直ぐに見返して言った。

もう、狂ってないか…?

誰かがそう言ったのを牧さんが制して

「だったらこの二ヶ月で本当におまえに惚れさせるんだな。
今日、おまえと付き合ったことを幸せだったと感じさせろ。
二度とおまえから離れたくないって思うほどにしろ。
それがおまえの義務だ」

牧さんがオレから一瞬たりとも目を離すことなく言った。

瞬きもしなかった。

帝王の目、試合以外の場でこの目を見たのは初めてだった。

しかも敵以外に向けられたのは…。


「分かってます。必ずそうさせる自信があったからこうまでしたんです!」

オレも怯むことなく牧さんに挑んだ。


「だったらもう言うことはない。
オレたちはおまえを応援する。
負けるなよ、神。
なんせオレたちは“常勝”だからな。
負けたら許さんぞ!!」

そう言って牧さんはフッと笑いかけた。

いつかの陵南戦で同じような微笑を見た気がした。

「分かってますよ」

オレはそう言うと、自分自身に気合いを入れた。




「さて、練習いくか!」

武藤さんが明るい声を出した。

「今日も高頭先生のしごきがはじまるのかぁ〜」

天井を仰ぐ小菅。

「オレなんて昨日、怒鳴られながら目の前で扇子折られましたからね…。顔だけだって怖いのに…」

顎を突き出して猿みたいな姿勢で歩く信長。

「あれは怒られてもしょうがないだろう、監督が怒ってなかったらオレが殴りに行ってたところだ」

ブーたれる信長を宥める牧さん。


「一回やっちゃえば簡単なんだけどな…」

オレがぼそりと呟く。


「何が…??」

四人の声と姿勢がきれいに揃った。
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