だって好きだから!

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放課後。

教室から仲良く出ていく名前ちゃんと三上の後ろ姿を見送る。

気分が悪い…。

「神、ご機嫌斜めか?」

いこーぜ、と近づいてきた小菅がオレにそう言った。

「まあね」

歩きながら事の顛末を小菅に話した。

「三上かあ。まあな。

でも神の方がいい男だろ。

お陰で約束が出来たんだし、ここは一旦感謝だな」

小菅がオレを見てクッと笑った。

「まあね」

そう言われてもオレの気は浮かない。

「明日になったら本当のカップルになってましたってこともないだろうし。

あんまり心配するなよ。

バスケットやろうぜ!」

どっかで聞いたことがあるようなセリフを吐く小菅。

小菅って確か小学生の弟がいたっけ。


明日になっても名前ちゃんと三上がどうにもなってないってことはオレも分かってる。

ただ、名前ちゃんがオレ以外の男と仲良くするのが嫌なんだ。


だってオレ、キミが好きなんだ。


今日はシュートの決定率が悪いかも…


なんて、オレってそういうのないんだよな。


「サンキュ、小菅」

小菅にそう伝えた。






翌朝。

「おはよ、神くん」

「おはよ」

今日もいつもの朝の挨拶から始まる。

「どうだった?ケーキ屋さん」

心とは裏腹にニッコリ笑ってキミに聞く。

「うん、おいしかったよ!ただ…」

名前ちゃんがちょっと顔を曇らせる。

「ただ?」

オレは心配そうにキミの顔を覗き込む。

「ちょっと高いかなって。

大きくっておいしいんだけど、やっぱりその分ちょっと高いかも」

小さく口を尖らせて言う。

「そうだったんだ」

「うん、だから三上くんに悪かったんだよね」

ぼそりと呟くように言う。

「どうして?」

「昨日、結局おごってくれたの。だから…」

ふーっと小さくため息を吐く。

「いいんじゃない、三上がそうしたかったんだから」

瞳を覗いてニッコリ笑いかける。

「神くんて優しいね、ありがとう」

俯き加減だった顔を上げて小さく笑った。

「オレの時もオレに払わせてね」

なに気にお約束の確認。

「ハハ」

あれ?

笑って流されたかな。

「なんかあった?」

「…実は昨日ね、水島くんとメールしてて一緒に行こうってことになったの」

急に嬉しそうになる。

「水島って?」

知ってるけど敢えて聞く。

「隣のクラスの。

去年同じクラスだったんだけどわりと仲良いの。

メール、時々するんだ」

そう言った名前ちゃんの頬がピンク色に染まる。

そっか、そうなんだね。

名前ちゃんは水島が好きなんだね。

「楽しみなの?」

オレは微笑を浮かべる。

「うん…」

素直に頷く名前ちゃん。

「いつ?」

「あさって」


そっか。

オレたちはインターハイがあるから関係ないけど、

サッカー部は定期考査前で部活が休みになるんだ。


「あさってじゃ、ドリンク無料じゃないんじゃないの?」

「そうなんだけど、水島くんは今度の木曜日が都合がいいんだって」

心なしか声が弾んでる名前ちゃん。


困ったな、キミはオレのものなのに。


「ふーん」

そう言ってオレは前を向いた。


今後のことを考えてみる。

キミとオレのこれからを頭に描いてみる。



それから木曜の放課後まで名前ちゃんはずっとご機嫌だった。

けっこう単純なんだね、分かりやすくていいけど。

オレはちょっと不快だな。


キミが楽しそうに

「…だったよね!」

ってオレに相づちを求めるように振って来たときは、

「そうだったっけ」

と軽く冷めた返しをし、

「神くん聞いて!」

と言って来たときは

「はいはい、聞いてるよ」

とほんのちょっとだるい声を出した。


まったくと言って良い程効果ナシだけどね。

ご機嫌がそれに勝ってるんだろうね。

「どうしたの?」

って一回だけ聞いてきたけど、ニッコリ笑顔で心ここに在らずって感じだったね。

オレってどうでもいいヤツなの?

心の中で呟いて一人で落ちる。


そんなことの繰り返しで、とうとう木曜日の放課後になった。

その日は午後から雨だったけど、名前ちゃんのご機嫌だけは快晴だった。

このまま手を掴んでどこかに連れ去りたい…。

どっかに監禁しちゃいたい…。

オレはそんな心をぐっと我慢して部活に向かった。




部室の窓を開けてぼんやりと外を眺める。

「どうした、神」

小菅が声を掛ける。

「あれ」

オレが指さし小菅がその方向を覗き見る。

「あっ」

小菅が思わず驚きの声を出し目を丸くする。

「あれって…」

小菅の声を聞きつけて、

「なんだ?」

「どうした?」

「何かあったんすか?」

と言いながら武藤さんと牧さん、それに信長が近づいてきた。

「あっ、相合い傘!

…あんなの覗いて、小菅さんてそんなに困ってるんすか?」

信長が小菅をからかうような声を出す。

「オイ、オレにもちょっと見せろよ!」

武藤さんが小菅と信長を掻き分ける。

「好き合ってるもの同士なんじゃないか?」

牧さんが老けた発言をする。

小菅がそんな三人に向かって、人差し指を口に宛て必死で黙るようにジェスチャーを送る。

「ナニしてんすか?」

ここの声なんか聞こえるわけないっすよ、と小菅に向かって信長が言う。

「知り合いか?」

それでも必死な小菅に武藤さんが怪訝な声を出す。


「ええ、まあ」

オレが答える。

ビクッという効果音を付けて三人がオレの方を振り返った。

「オレの隣の席の子なんです」

オレは床のある一点を見つめたまま言った。

「ああ、それで…」

信長が声を上擦らせながら合いの手を入れる。

「オレ、好きなんです。彼女が」

「…」

「今日、駅前のケーキ屋に行くって張りきってたんですよ」

「…」

「どうやらソイツのこと好きみたいで」

「…」

「小菅の話によると、ソイツも彼女のこと好きみたいなんです」

「小菅、おまえっ」

武藤さんが小菅を小突く。


少しの間をおいて、牧さんがオレの肩に手を置き諭すように言った。

「それは仕方なかろう、神。あの様子じゃ二人は…」

「オレ、諦めませんよ。彼女はオレのものなんです」

オレは牧さんの言葉を遮って言った。

牧さんの手が一瞬痙攣した。

その後は誰も何も言わなかった。




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