だって好きだから!

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次の日の放課後。

季節は梅雨。

三日くらい前のニュースで気象庁が関東地方の梅雨入り宣言をしたってニュースを見たけど、

ほとんど雨は降っていない。

お陰で毎日蒸し暑い。

六月の初めの方がよく降ってたな。


その日もオレと小菅は六限めが終わるとすぐにバスケ部の体育館へ向かった。

校舎二階からバスケ部専用の体育館へ向かって伸びる渡り廊下に差し掛かる。

たわいもないおしゃべりをしながら歩くオレたち。

オレの方に顔を向けていた小菅の焦点が不意に遠くへ延びる。

「…アイツ、何やってんだ?」

吸い寄せられるように窓に近寄り下を覗く小菅。

オレもつられて窓の下を覗く。

体育館の外壁の角のところから昇降口のある校舎の方をチラチラと覗き見ている制服姿の男子。

横顔に見覚えがある。

「滝田だよ、あれ」

オレは同じクラスの男子生徒の名前を言った。

「本当だっ、変質者かアイツは?!」

小菅が窓に貼り付く。

そんなにしたって視界がズームする訳じゃないのに。


滝田が変質者じゃないことは表面上知っているオレたち。

しばらく観察することにした。

「誰か待ってるんじゃないか?」

「あの様子だとそうだろうな」

「女子だろ?」

「オトコだったら見なかったことにしよう」

小菅の提案に深く頷くオレ。

「滝田め、誰待ってんだよ〜」

「焦れったいな〜」

「神、誰だと思う?」

人の色恋沙汰に興味津々な小菅、独り言のように何度もオレに話しかける。

一抹の不安がオレの心を過ぎり、

名前ちゃんじゃありませんように…

と心の中で祈る。


小菅の言葉とは裏腹にそう焦らされることもなくその時は来た。


何度も伺うようにして身を屈ませていた滝田の背中が明らかにビクンと跳ね上がる。

わずかに後ずさりをしたかと思うと背筋を伸ばし鞄を持ち直した。

「いよいよっぽいな…

あの一群にいるんだろ…」

また独り言のように呟く小菅。

視線は滝田に釘付けだ。

オレは昇降口からやってくる一群に目を凝らす。

「あ!!」

小菅の声とほぼ同時に滝田が動いた。

小走りに一群に近づいたかと思うと、あるところから急にゆっくりと歩き始める。

「アイツ…

アレでさりげなさを装ってるつもりかよ。

見てるこっちが恥ずかしくなるな…」

まったくーと言いながらも、明らかに楽しそうな声を出す小菅、目は相変わらず滝田に釘付けだ。

その時まさにオレの目は、その場にいて欲しくない人の姿をその一群の中に捉えていた。


「おっ?…おいっ神、見ろよ!!

苗字じゃないか、あれ。

そうだよ、間違えない!

苗字って今日は一人で帰ってるのか?!

なんで滝田はそんなことまで知ってんだ…。

あっ!!

アイツ、今気づいた振りして手なんか振ってるぞ。

お…?!

並んで歩き出した!

あ!

一緒に帰ることになったみたいだぞ。

なんだよ滝田のヤツ、

楽しそうにしちゃって…。

いいなー青春だなー。羨ましいなー。

オレ、制服デートが憧れなんだよ。



あ〜あ、行っちゃった…。

ハハ☆

まぁ良かったんじゃないの?

見守った甲斐があったってもんだよ。

それにしても苗字、最近人気あるなぁ。

…浅尾がちょっかい出したのが原因かもな!

滝田の立場だったら焦りたくなるよね、

均衡が崩れたってことだもんな…」

小菅は未だ滝田と名前ちゃんの消えた校門前の道を眺めている。

明らかにご機嫌な小菅、オレは一言も返してないのにまったく気づかず一人でしゃべり続ける。

その後ろでオレのテンションは高速エレベーターのように落ちていた。


「さてと、部室に行くか!」

さっぱりした声を出し振り返る小菅。

オレの顔を凝視し顔面の色を変えた。

「…どうかしたか?」

「まあね」

オレはフッと笑って体育館へ向かって歩き出した。

「まあねって。オイ、もしかして…」

小菅がオレの後を追い、何かを言いかけて息を飲む。

オレは振り返ることなく進み、体育館の扉を開けて通路を左に向かう。

部室の扉に手を掛けたとき、

「神。苗字のこと好きなのか?」

小菅がようやくさっきの言葉の続きを言った。

「うん、そうだよ」

オレは一度握ったドアノブを放し小菅に向き直った。

「ヤなもん見ちまったな…」

すまなそうな顔をする小菅。

「気分は良くないけど、知らないよりはいいかな。

それに滝田なら障害にはならなそうだし…。

気分はめちゃくちゃ悪いけど」

オレがわざと口を尖らせて言うと、小菅がクックッと笑った。

「浅尾もだけど滝田もないだろうな、苗字の選択肢には」

「…敵は他にもいるだろ。

名前ちゃんに好きなヤツがいるかもしれないしね、

…いても関係ないけど」

「苗字が誰を好きかは知らないけど、敵なら他のクラスとかにもいるだろうな。

去年、苗字と同じクラスだったサッカー部の水島、知ってるか?

アイツ、そうだよ。

オレも去年、二人と同じクラスだったんだけど、水島が苗字を好きってことはクラスではみんなが知ってた。

メールの遣り取りくらいなら今でもしてるんじゃないか。

サッカー部はオレたち程は忙しくないし、最大の敵はアイツだろうな。

でもオレは神なら可能性あると思うぞ、おまえって女子からすごくモテるもんな。

ただ…

一応伝えとくけど、付き合っててもおかしくないってくらいあの二人は仲良かったから、苗字も水島のこと好きかもしれない。

けど、その時はおまえなら替わりはいくらでも…」

万が一の可能性を思いオレを励まそうとする小菅を遮ってオレは言った。

「名前ちゃんが誰を好きでも関係ないよ。

彼女はオレ…」

突然部室のドアが内側から開き、今度はオレの言葉を遮った。

「なんだ、おまえらそんなとこで。早く入れ」

牧さんだった。

高校生離れした穏やかな微笑を浮かべ、ほらっどうした、なんて言ってオレたちを部室の中に招き入れる。

結局、小菅との話はそこまでになった。

肩越しに小菅が、

「がんばれよ、神」

と言った。


それを野性的な聴覚で聞いていた信長が、

「小菅さんのくせに神さんに“がんばれよ”とは…」

と呟いた。

「信長ぁ!ちょっとこっち来いやあ!」

オレ、小菅の男らしい声ってそのとき初めて聞いたな。
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