だって好きだから!
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今日は朝からイライラしている。
朝から…といっても朝練のときは違った。
梅雨の走りで雨続きだった昨日までと違って、今朝は久しぶりの快晴。
おかげさまで目覚めも気分も機嫌もすこぶる良好、朝の日差しを浴びながら自転車を漕ぐ足も快調だった。
その調子の良さは周りからも分かったようで、牧さんに
「神、決勝リーグに向けて気合い十分だな。今はどこから打ってもはずす気がしないだろう」
なんて嬉しそうに目を細めて言われて、
牧さんを心から尊敬しているオレはますます気分が良くなった。
だって牧さんは我が海南大附属高校バスケ部(バスケじゃインターハイ常連の名門校なんだ)のキャプテンで、
神奈川NO.1プレーヤーの異名を持ち、
更に、黒く落ち着き払ったその風貌からか、
もしくは純粋に、他を圧倒する怪物プレー振りからかはオレには分からないけれど、
帝王なんて呼ばれてたりもする、すごい人なんだ。
それに、なんてったって広くて温かいんだ、牧さんは。
朝練が終わって部室で着替えをしていたら、信長に
「神さん、ご機嫌っすね。真から笑顔じゃないっすか」
と言われた。
真から…の意味がオレにはよく分からなかったけど、
「まあね」
と今日はスルーした。
「牧さんに褒められたんだ♪」
と言ったら、オレの周りでさんざん羨ましがって騒いで、先輩たちに怒られていた。
あっ、信長はオレや牧さんに妙に懐いてくるお調子者の一年。
「神奈川NO.1ルーキー」と自称していて、湘北のルーキー流川を猛烈にライバル視しているんだけど……。
おもしろいヤツなんだ、ホント。
そんな高揚感のまま、オレは同じバスケ部でクラスが一緒の小菅と教室に向かった。
朝の廊下はすがすがしい。
始業五分前の慌ただしさも今朝は爽やかに感じた。
歩く足取りも心なしか速くなる。
小菅が、
「神、急いでるのかー?」
と言った。
オレは小菅には何も答えずに心の中で思った。
「だってキミに会いたい」
…キミって君、小菅じゃないからね。
オレが会いたいのは。
今日のこの気分のまま君に会えたら、いつもよりたくさん話せそうな気がする、
昨日までより仲良くなれそうな気がする。
とにかく一秒でも早くキミに会いたい!
教室に入る。
窓際の一番後ろの自分の席を見る。
…あれ?オレの席がない…
じゃなくて!
キミがいない!
いつもなら、始業五分前のこの時間には席について一限目の授業の用意をし、近くの席の女子とおしゃべりをしている
オレの隣の席の苗字名前ちゃんが!!
オレは荷物を自分の席に置き、突っ立ったまま彼女の机を見つめた。
机には何もない、
…休み?
いや、来てる。
机の中からノートが見えてる。
ぼんやり突っ立ているオレが気になったのか、いつも名前ちゃんと話している女子が振り返ってきた。
「名前なら、あ・そ・こ」
と言って、教室の前の方を指さしてきた。
指さされた方を見ると、浅尾という同じクラスの男子がなにやらしきりに話しかけていた。
誰にって…まさか名前ちゃん?!
間違えない、間違えるはずない。
浅尾のヤツ、名前ちゃんを窓際に立たせ、
自分は横向きで二の腕を顔の横に上げて窓につき、体を支えるというあのポーズで、やたらにしゃべりまくっている。
浅尾の陰に隠れてよく見えないけれど、あれは名前ちゃんだ。
オレの気分は落ちた、最悪だ。