カルピスソーダ
□♯29
2ページ/3ページ
「名前ちゃん、ありがとう。
でもその話し、あながち大嘘でもないっていうか…」
「え?」
「待って。最後まで聞いてくれる?」
「うん」
オレたちは海岸に下りる階段に腰を下ろし、永遠に続く波のさざめきのの中で、オレは言葉を紡ぎ出した。
「こないだも言ったけど、オレ、告白とかされることあって、全然知らない子だったり、他校の子とか…。
それで、かなりいい気になってた…と思う。
付き合ってって言われて、好きではないけどまあいいかって付き合っちゃったりした…。
でもオレにはバスケがあって、それ以上に好きなものも優先事項もない、それがオレにとってのバスケだから。
それに、オレって極度に惚れっぽくない人間みたいで、疲れ果ててる体で尚、会いたいと思う子どころか、高三になるまで好きな子もいなかったんだ。
それを言ったら、バスケ部のヤツらはオレのこと欠陥人間扱いしたよ。
そんなこともまったく気付かないで生きてきたオレって、多分すごく偏ってるんだと思う…。
そんなんだから愛想尽かされるのも早くて、別に傷つきもせず別れて。
けど、インターハイの県予選で湘北に負けて、放心して、それからいろんなこと思った。
大げさかもしれないけど、自分の人生にけじめをつけたいと思ったのが始まりで、心の整理をしていくうちにしたいことが浮かんできて。
そのうちの一つが恋だった。
驚くかもしれないけど、オレ、恋したことなかったんだよ。
結局、好きになった子がいないってことはそう言うことなんだよね。
ところがさ、極度の惚れにくさがたたって、なかなか思うように初恋の人が見つからなくって…。
もう一生、恋を知らないままなのかなって思い始めた頃…、不意に訪れたんだ。
ラーメン屋で、後輩の伊藤のお姉さんとして…。
最初に見たときから好きになってた。
初めは伊藤の彼女かもしれないって思ったりして、でも名前ちゃんが伊藤のお姉さんだって分かったときのあの喜びは、何て言ったらいいかな…。
一生忘れないんじゃないかな。
小躍りしそうだった。
けど、恋するようになって初めて、オレがいかに不器用な男か分かったんだ。
好きな子とどう接触していいか分からない、メアドも聞けない、話せない、どうしていいか分からない、それがオレ。
バスケ部の連中や、後輩の伊藤にまで助けてもらってようやく名前ちゃんに近づけたんだ」
「卓ちゃん!?」
「そう。ただの後輩だった伊藤にキューピット役を頼んだ。
だから、オレの気持ちはほとんど最初の時点から知ってるし、今日、オレが名前ちゃんになんの用があるかってことも知ってる」
「…」
名前ちゃんは何も言わす、ただ遠くの海をぼんやりと眺めていた。
「会えると嬉しくて楽しくて、別れるときは本当に寂しくて…。
会う度に好きになったよ。
今日だって、こないだあんなコトして嫌われたって仕方ないのに、それに本当に申し訳なく思ってるのに、謝らなきゃって思ってるのに…。
会えて嬉しくて、どうしようもない。
バスケでくたくたでも、睡眠時間削っても名前ちゃんに会いたいって毎日思ってる。
ごめん…困ったヤツで…。
さっき、流されやすいって言ってたけど、オレだってそうだよ。
オレの将来の希望、会計士だから。
いつか聞いた話でそうなったんだよ。
進路も迷うことなくそれに合わせたし。
毎日、希望に燃えて勉強してるんだよ、オレ」
「本当に??」
「ホントにホント!」
「…」
「あ、そうだ。
オレの好きな子って言うのは名前ちゃんだって分かったと思うけど、許嫁がいるっていうのはそもそもはオレが吐いた嘘なんだ」
「ウソ…なの!?
藤真くんが吐いたの??」
「うん。その…いろいろ煩わしくって…ね。
まさかそれが名前ちゃんを傷つけることになるなんて思いもよらなかったから…。
自分でもまさかって思うほど、みんなが信じたことは確かだったんだよ…」
「別に傷ついたりは…」
「ショックだったって言ってくれたじゃない♪」
「だって…」
オレが名前ちゃんの顔を覗き込むと、フイッと向こうを向いてしまった。
かわいい♪
「オレ、名前ちゃんのこと好きで諦められなくて。
伊藤に嘘まで吐かせて、今日こうしてきた。
伊藤にも名前ちゃんにも申し訳ないって思ってる、それは本当に…。
こないだは思い余ってあんなことして、本当にごめん。
名前ちゃんが嫌ならもう絶対しない…。
本当のこと言うとしたくないわけじゃないけど、ちゃんと我慢する。
だから…」
「…ねえ、誰にも迷惑かけない?
卓ちゃん、嫌な思いしない?
藤真くんが私を嫌いになることだってあるかもしれないし、そしたら気まずくない?
藤真くんだって…あ…」
自分でも何をしたのかよく分からなかったけど、気付いたときには名前ちゃんにキスをしていた。
気付いて慌てて唇を離し、そして抱きしめた。
「嫌な思いなんてさせない。
迷惑もかけない。
オレが名前ちゃんを嫌いになることなんてない。
オレ、極度に惚れにくいけど、一度惚れたら極度に冷めにくいみたいなんだ。
だからオレからは伊藤と気まずくなんて一生ならない。
伊藤には、
“オレのこと持ち出したら、了解してるって言って下さい”
って言ってもらったし、
“ラーメン屋に連れてってやって下さい”
ってお願いもされた。
それってアイツの最終GOサインてオレは思ってる。
だからもう、いろんなこと気にしないくていいから。
名前ちゃんがオレのこと好きなら、オレのお願い聞いてよ。
またキスしちゃって、ごめん…。
もうしないよ。
信じられないかもしれないけど…」
オレは更に、抱きしめている図々しい腕を名前ちゃんの背中から引き上げた。
もうオイタをしないように膝の上で組んでおくことにした。
「嫌じゃなかったよ…」
波と風の音の間を縫うように、名前ちゃんがポツリと言った。
その声は優しくて穏やかだったのに、それを聞いたオレは雷に打たれたみたいになった。
ぎこちない動きで首だけ回して、名前ちゃんを見ると、
「私も藤真くんが好き。今日からよろしくね」
オレの大好きなクリッとした笑顔でそう言った。
ガシッ!!
オレは名前ちゃんを抱きしめた。
名前ちゃんは恥ずかしそうに、ちょこんとオレの胸に頬を寄せた。
「嘘じゃないよね、本当だよね…」
名前ちゃんの耳元でオレはそう囁いた。
確かめずにはいられないほど、オレにとって夢のような関係だった。
「うん…。本当だよ。
藤真くんが私のこと好きなのも本当?」
「本当、本当だよ。
今すぐここで、どうかなっちゃいたいくらい好き!」
「…」
「あっ!ごめん…。ウソ!ウソ!
…本当だけどウソ!!
大好きなんだよ、それだけ信じて!!」
「ふふっ」
オレの腕の中で名前ちゃんが笑った。
幸せだーーーーー!!!
オレが心から幸せを噛みしめていると、
グゥ〜〜ギュルル…
という音がオレの腕の中から聞こえてきた。
「やだぁ」
名前ちゃんが恥ずかしそうに縮こまった。
「お腹空いたの?」
オレは事態を把握してそう尋ねた。
「うん…」
ますます恥ずかしそうにする名前ちゃん。
「じゃ、ラーメン屋へ行こっか」
「うん!」
オレたちは手を繋いで来た道を歩き始めた。
「カルピスソーダ、今日も飲む?」
名前ちゃんがイタズラなまなざしでオレを見上げた。
「もちろん!」
オレはそう答えてニッコリ笑った。
fin.
後書き→