カルピスソーダ

□♯28
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三日目の練習の休憩時間に一志が、

「ここは一つ、伊藤にひと肌脱いでもらったらどうだ?」

と、オレに言った。

「伊藤に?」

オレは思いもよらない一志の言葉に、目を丸くした。

「ああ。今度の日曜は練習が午前だろ。
伊藤に名前ちゃんを呼び出してもらって。
実は藤真がいましたっていう。

これもありがちだろ」

一志は冗談でも言ってるかのように笑った。

それを聞いていた花形が、メガネを人差し指でクイッと上げて、

「それ、いいんじゃないか」

と俄に張り切った声を上げた。

突然降って湧いたその計画にオレは不安を覚え、

「なんてお願いするんだ?
伊藤、名前ちゃんのこと上手く呼び出せるのか?」

と、一志と花形に向かって言った。

「だって、なんか怪しいだろ!?」

オレがそう言ってる傍から、

「伊藤!ちょっと来てくれ!!」

永野がでっかい声で伊藤を呼んだ。



えーー?



オレの心の声は当然無視されて、呼ばれた伊藤が小走りに駆け寄ってきた。

「はい」

伊藤がオレたちの前に直立する。

「藤真がお願いがあるそうだ」

オレの肩をズイと押して、花形が伊藤に微笑んだ。

「オ、オレ!?」

「おまえだろ?」

ただただ目を丸くするオレに、四人が笑いかける。



確かにそうだけど…



オレはもうこれしかないんだと覚悟を決めて、伊藤をじっと見つめ、

「すまん。力を貸してくれ」

そう言ってオレは…大方は既に話してはいたものの、これまでの経緯や、これからの計画を伊藤に話した。

そして、

「こんなことに協力させて申し訳ないけど、もうそれしか思いつかないから…」

と、頭を下げた。

伊藤はそんなオレの姿にビックリしたように、

「え、そんな…。頭上げてくださいよ!

日曜ですよね。

昼からですよね…。

…多分、大丈夫です。

アネキ、風邪が治ったら食欲が出ちゃったみたいで、ラーメン食べたいって言ってて。
また、あのラーメン屋に行きたいってちょうど言ってたんです。
それ、今度の日曜の昼ってことにします」

ニッと笑ってそう言った。

オレは伊藤が快く引き受けて、心からほっとした。

そして、

「すまん、本当に。

上手くいかなかったら、おまえ、怒られちゃうだろうな…」

オレは伊藤に嘘を吐かせるのが申し訳なくて、もう一度頭を下げた。

「やめてください、藤真さん!」

そう言った伊藤は、遠くを見るような目を一瞬し、

「藤真さん。アネキのことラーメン屋に連れてってやって下さい、お願いします。

もしも藤真さんがオレの先輩だから…とか言い出したら、了解は取ってあるって言って下さい。

それ、本当に言い出しかねない…。

…でも多分、」

伊藤はそう言って言葉を止めた。

オレはなんとなく気になって、

「多分?」

と聞き返した。

「あ…いいえ…。

時間と場所はまた連絡します。

…オレ、藤真さんとこんなに近づけて本当に嬉しかったです。

ふつつか者ですけどよろしくお願いします」

頭をペコリと下げると伊藤は、パッと身を翻した。

「え?おいっ!」

オレの声は伊藤の背中には届かず、あっという間に走り去ってしまった。

高野がククッと笑って、

「ふつつか者って、アイツが藤真のとこに嫁に来る気かよ」

と言った。

永野もククッと笑いながら、

「伊藤、かわいいじゃねえか。
藤真と近づきになれて嬉しかったってさ」

と言った。

オレは、

「まるで、別れの挨拶みたいじゃんかよ…」

涙声で言った。

「いや、伊藤は藤真に名前ちゃんのことを頼んだだけだろ」

そう花形が言った。

「藤真。伊藤の気持ち、無駄にするなよ」

一志が言った。



オレは…。

オレの気持ちに偽りはないけど、名前ちゃんに受け入れてもらう自信までは正直持ち合わせていなかった。

期待はしてる、でも、確固たる自信なんて持ちようがなかった。

オレがズンと肩を落とし顔面を曇らせていると、花形が、

「伊藤、名前ちゃんがラーメン屋に行きたいって言ったって言ってただろ。

その意味、分かるか?」

おもりの乗ったようなオレの肩をポンと叩いて言った。

「意味?」

オレは顔を少しだけ上げて、花形に聞き返した。

花形はオレをジッと見て、そしてフフンと笑い、

「あのラーメン屋は名前ちゃんが藤真に初めて出会った場所だ。
おまえに本気で会いたくなかったら、絶対に避けて通る場所だ。

要するにそういうことだ」

そう言った。



オレは花形の言葉を心の中で何度も何度もリピートした後で、

「そ、そっか…。オレ、嫌われてないんだ…!」

膝を抱えて喜びを噛みしめた。

そう思えるだけで、本当に本当に、本気で本気で、嬉しかった。






オレは恋愛バイブルなる本に書いてあった通り、ポジティブシンキングで次の日曜日まで過ごした。

クヨクヨせず、考えすぎず、未来を憂いすぎず、日々のことに集中し一つ一つを丁寧にこなした。

そうして毎日を丁寧に過ごしているうちに日曜日という日がやってきた。
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