カルピスソーダ
□♯27
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「それで…それで…、別れ際に名前ちゃんはなんて言った?」
花形は瞬きを忘れてしまったかのようだった。
「オレが“今日はごめん”て言ったら、“ばいばい”って言って家に入っていった」
オレはそう答えた。
「…」
花形はジッとしたまま何も言わなかった。
代わりに永野が、
「やっぱりおまえ、強姦したんじゃないか!」
と言い、
「完全に襲われてんだろ、名前ちゃんっ!
意思表示だけって言われたの忘れたのかよっ」
と高野が言った。
返す言葉などオレにはない。
確かにその通りだと思う。
実際コトの次第をすべて事細かに話したんじゃなくて、掻い摘んで言ったのにその言われようだ…。
一志が、
「藤真、その後はなんのアクションも起こしてないのか?」
と聞いた。
オレはため息混じりに、
「今朝、昨日はごめん、てメールしたけど、今のところ返信はない」
と答えた。
オレの様子を見ていた高野が、
「なんで冷静なんだ?」
と訝しそうに言った。
「別に冷静じゃないけど」
オレはそう答えながらも、自分でも冷静な自分に不思議さを覚えていた。
名前ちゃんのことは好きで好きで堪らないのに、昨日の一件で嫌われたかもなんて思ったら泣き出したくなるほど悲しいのに…。
「やっちまったもんは取り返しつかないだろうが…」
オレはそう言って大きなため息をついた。
ずっと黙っていた花形が、
「藤真、もしかして手応え感じたんじゃないのか?」
オレの目の奥を覗くようにそう言った。
手応え?
オレには花形の言葉の意味がイマイチ理解出来ず、花形をジッと見遣った。
花形はその視線に応えるように、
「抵抗されながらも、困ります的な態度を取られながらも、名前ちゃんの中に藤真に対する好意めいたものを感じたんじゃないのか?」
さっきの言葉を補足説明して言い直した。
それで、さすがのオレも花形の言いたいことは理解したが、果たしてオレが手応えなるものを感じたかどうかは、オレには分からなかった。
けれど、
「オレっておめでたいヤツって思われるのが嫌で言えなかったんだけど…。
普通だったら、散々抵抗されてる訳だし、別れ際の“バイバイ”とか、メールの返信もない訳だから、もうこれっきりを覚悟しなくちゃいけないところなんだろうけど。
オレにはそれが信じられないっていうか…。
オレがこれっきりにするつもりがないからなのか…。
よく分かんないけど、何故か終わった気がしないんだ」
オレは、思っていることを素直に言葉にした。
花形はオレの話をジッと聞き、目を瞑ってしばし考えた後、静かに語り出した。
「恐らく、名前ちゃんは藤真の噂を聞いて女慣れした男だと思ったんだろう。
吹き込まれたのかもしれん。
そもそも藤真が女慣れした男だというのはあながち嘘でもないし。
男に免疫のない名前ちゃんが女慣れした藤真をどう思うか…。
心にブレーキが掛かるのは必死だろうな。
遊ばれたくない、騙されたくない、自分のことなど本気にするわけないって思うだろう。
それと同時に、藤真自身と直接触れあう中で、噂通りの人間じゃないことは分かっていただろう。
実際、藤真は惚れた女には全く慣れてないからな。
名前ちゃん自身、藤真を認め惹かれ始めていた部分もあったのかもしれないし。
藤真、誤解を丁寧に解いておいたのは正解だったな。
有耶無耶にしておいたら、おまえを付き合ってもない女子に手を出すふしだらな男だと思ってしまったかもしれん。
“好き”って言葉の安さは誰だって知っている通りだから。
確実に今、名前ちゃんは葛藤の中にいるだろう。
藤真の好意に全く気付いてなかったことは恐らくないし、自分の気持ちにも…だ。
否定しよう封印しようとしてきた事実を、今、捉え直している最中だろう。
藤真が破廉恥なキスをしてしまったから、彼女の葛藤の渦は大きさを増しているだろうけどな。
それでも遠からず答えは出るだろう。
心配なのは、自分の気持ちに気付いても、それに素直に従うとは限らないのがことがあるのが人間てもんだろう?
藤真は彼女にしてみれば弟の先輩だ。
一時的な感情に流されて付き合ったとして、その後に何かあった場合、現段階で断るより酷い結果を生むこともある。
弟にも藤真にも迷惑を掛けてしまう恐れがあるし、何より恋に臆病だ。
藤真。名前ちゃんに答えを出させるんじゃなくて、おまえが答えになってやれよ。
大事なのは過去じゃなく、おまえが彼女をどれほど思ってるかっていう現在と、これからだろう?
それを伝えてやれよ。
俺が思うにはメールや呼び出しにもそのうちには応えるようになるだろうけど…。
正攻法の真っ向勝負だと、理性が働きすぎて断ってくる可能性も低からずあるからな。
この際、待ち伏せがいいんじゃないか?
意外性でドキッとさせて、ドラマチックな展開でノックアウト!
ただし、気持ちだけは真っ直ぐぶつけろよ!」
花形は勝算が見えたらしくニンマリと笑った。
高野が、
「ノックアウトって言葉には寒気を感じけど、おまえって本当に物事分かってるよな〜。
一々納得だもん」
感心しきりで言った。
花形は一瞬顔を歪めたが、
「ありがとう」
とクスッと笑った。
オレも高野の意見にまるきり同感だった。
他のヤツらもそうだったと見えて、うんうんと頷いていた。
そしてオレは、
「今度の土曜日に待ち伏せする!」
と宣言した。
今度の土曜日も練習は午前中だし、名前ちゃんの高校は土曜日も授業がある。
伊藤に名前ちゃんの今度の土曜のスケジュールを探っておいて貰えば待ち合わせもしやすい。
後は待ち伏せをする場所を考えるだけだ。
オレが今度の土曜日のことをあれこれと思案していると、
「良かったな、藤真」
「今度は破廉恥なことすんなよ」
「おまえが節度もあるってところ見せてやれよっ」
一志、高野、永野がニコニコしながら声を掛けてきた。
オレは、
「ありがとな」
と三人に礼を言った。
まだどうにもなってないのに…。
自分のことのように、まるでうまくいくことがすべて決まっているかのように喜んでくれる三人の気持ちがオレは堪らなく嬉しかった。
すっと応援してくれて協力してくれたみんなのためにも、オレは名前ちゃんとうまくいきたいと思った。
オレの将来は名前ちゃんの未来と寄り添うために設計されているし。
オレの本気を伝えたい…
心の中に不安がない訳じゃない。
それでもオレは、明るい未来を信じるほかに進むべき道はなかった。
キミを諦めるなんてオレには到底出来ないから。