カルピスソーダ

□♯25
1ページ/3ページ

伊藤の家で花火を楽しんだ日から三週間が経っていた。

夏休みは今や夢のように思えるほど遠く、オレたちは、

朝練のち授業のち放課後練ときどきラーメン屋、

という日常をすっかり取り戻していた。





伊藤家での花火の日にはすごく近くに思えた名前ちゃんも、接点のない生活に戻ってしまえばまた遠い存在に感じられてしまう。

会いたくて、でも会えない、切ない思いをバスケと受験勉強に集中することで紛らわし、そして切なさがオレをよりそれらに集中させた。

そして、すべてを終えて眠る一瞬前にキミを思って切なくなるという循環が、いつの間にかできあがっていた。



オレと名前ちゃんの関係。

なんだかんだで全然縮まらない関係。



実際オレは、花火で遊んだ日の後に一度だけ、伊藤家を訪れていた。

その日は名前ちゃんはとうとう帰ってこなくて、オレも夕方には引き上げたから、まるきり会えず終いだった。

ちょこっとでも会って挨拶だけでもしたかったから、かなりかなり残念だった。

伊藤がしきりに

「すみません、すみません!」

て謝ってだけど、別に伊藤のせいじゃないし、こんなこともあるってことは分かってたことだったから、

「気にすんなよ」

って笑って言ったけど、残念は残念だった。




学校が始まってしまうと、伊藤家に訪れる機会はめっきり減少していた。

夏休み中もそんな行けてたわけじゃないけど。

九月に入ってからは一度しか行けてないし、これからの練習日程と照らし合わせてみても、行けそうな日はそうそうなかった。

悠長に構えてると、このまま冬休みになってしまいそうな気配濃厚だった。



誘うしかない…!



偶然なんてある訳ないし、通学路に接点もないし、登下校の時間にも接点はない。

気付いてみれば、縁がないのかなってほどに、ナイこと尽くしだった…。


結構ショック。


そして、誘い方に迷うこと更に一週間。

いつものラーメン屋で、

「いつまでも何やってんだ」

「案外女々しいんだから」

高野と永野?永野と高野?

…どっちでもいいや、に揶揄されていた。

「理由もなく誘えねえんだよ。呼び出す口実ってのがあるだろーが」

オレの言い返す声に張りはなかった。

「口実なんていいだろ、この際。“会いたいから”って言っちゃえよ」

「チャラッといけよ、チャラッと。得意だろ?」

高野と永野の攻撃は相変わらず続く。

「チャラいのなんか得意なわけないだろ…。

チャラい男なんて思われたら、オレ生きてけない…」

「何だよソレ」

「じゃあ…。チャラッとじゃない、サラッとだ。
サラッといけ!」

「…ハァ…」

簡単にそうできてたら、この一週間、携帯電話を握りしめて生活してるわけないだろうが…。

オレのため息を最後に、沈黙がオレたちに流れた。

ズルッズルッ…ズズ…という、ラーメンを啜る音だけが辺りを支配していた。

オレはまるきり箸が進まなかった。





そんな沈黙を破って花形が、

「本当に何も思いつかんのか?」

と、オレをじっと見て言った。

「…まあな」

「何でもいいように思うけどな、考え過ぎじゃないのか?」

「かもな。…けど面白そうな映画もやってないし、買うもんもないし、とくに付き合って貰う用事なんてないし…。

何もかもが名前ちゃんの立場になって考えてみると、一人で行けば?って思えることばかりなんだよ」

「…」

クスクスクス…

「なんで笑うんだよっ」

失笑にもとれる笑いが起きて、オレは少し不機嫌になった。

人が真剣に考えてるのに!

「藤真って、まじめなんだな。ぷっ」

一志がにやつきながらそう言って吹き出した。



…まじめ?



「オレはちょっと感動しちゃったな」

鼻を啜りながら高野。

「…?」

オレは何のことだか一向に分からずにいた。

「一人でも出来ることを二人でしたいから誘うんだろ。

誘うってことは、同じ時間を共有したいって意思表示でもある。

あんまり固く考えずに素直に誘えばいいと思うんだが…。

断られることを怖がっていては先に進めんぞ」

花形が教科書でも読むかのような堅さでそう言った。

「…そっか」

オレは何かがストンと心に落ちるのを感じていた。



断られることが怖かったのか…オレ。



永野がオレをじっと見つめて、妙にしおらしく

「そんだけ名前ちゃんに一途ってことだろ。

藤真〜、おまえいい恋してんだな。

片思いだけど…」

と言った。

片思いは余計だな、…確かに片思いだけども…。

人に改めて言われると無性に嫌な感じがするもんだ。

「…今更、理由もなく誘えないんだよ。

なんて言うか…避けられてる?って気がしてたこともあったし…」

それだってぬぐい切れてないし…オレは未だ踏み出せずにいた。

「彼女なりに迷いとか葛藤とかあったんだろ。

伊藤の家での花火の時の様子じゃ、大分うち解けてるように見えたけどな。

期待しすぎないでおけばいいんじゃないか?」

一志が穏やかな口調でそう言った。

それに肯きながら花形が口を開く。

「女心は複雑だからな。

…でも、女心を持たせたという点ではかなりの進歩だ。

藤真の顔面ならもっと自信持って生きていいと思うけどな。

まあ、自信がないわけじゃないんだろうけども」

「オレ、自信過剰なタイプじゃないぞ。

モテる自信はあるけど、好きな子に好かれる自信はない…」

オレは本音をため息と共に漏らした。

「そういうことを平気で言うところが自信家だって言ってんだよ。

なんか憎たらしいな」

「ヤなヤツ!」

高野と永野がオレを憎々しく見てそう言った。

「本当のことだし」

「うわーーー!」

「でたーーー!」

「しょうがねえだろ!顔面の作りが違うんだよ、庶民とは!

とくにおまえらとは!」

「おまえなんかふられちゃえ!!」

「呪ってやるーーー!」

「いい加減にしろ、他の客に迷惑がかかる!」

キーキーいがみ合っているオレたちを、見かねた花形が静止に入った。

「とにかくだ!藤真はなんとか誘え。

ごちゃごちゃ考えてても始まらん」

「…」

オレは再び俯いて沈黙した。





「しょうがない…コレをやるよ」

そう言って一志が財布から丁重に何かを取りだした。

「これに行って来いよ」

ズイと差し出されたそれは一枚のチケットだった。

「ケーキセット半額…?」

オレは書かれてある通りに読み上げた。

「ああ。駅前の老舗の店だ。

一枚でお二人様まで有効だ。

それをおまえにやるから。

一人じゃなんだから、男誘うのもなんだし、とでも言って誘えよ」

「…一志」

「回りくどいことしてないで、名前ちゃんと一緒に行きたいってはっきり言っちゃえよ」

「おまえがはっきりしないと名前ちゃんだって困るんじゃないのか?」

高野と永野がニッと笑ってそう言った。

オレも、そんな二人笑顔があんまり不細工で笑っちまった。

「…ありがと」

あんまりみんなが優しくて、涙が出そうになった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ