カルピスソーダ

□♯24
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オレは名前ちゃんの隣に屈んで、一志に

「オレも線香花火、一本!」

と言った。

「おう。結構、はまるぞ!」

なんて言いながら、一志がオレに線香花火を差し出した。

オレが線香花火の先をろうそくに垂らしたとき、伊藤が

「あ…、もう少しだったのにーー」

と悔しそうな声を上げた。

続けざまに名前ちゃんの線香花火の玉も落ちてしまって

「あ〜あ…」

と、がっかりした声を出した。

それと同時にオレの線香花火に火が点いた。

オレはそーっと目の前に花火を戻した。

持ち前の集中力とバランス力を発揮して、腕と指先を微動だにさせなかった。

思考を停止させ、無心になった。



…あともう少し…



ってところで、ふと気付くと三人がオレの線香花火に注目していた。

「?」

ボタッ…

「あっ!」

オレの線香花火の玉が落ちて、三人が声を揃えた。

「ふっ」

オレが笑うと、大真面目な顔で落ちた玉を見つめていた伊藤と一志が、ハハッと笑った。

名前ちゃんもクスクスと笑った。

オレはすごーく嬉しくなって、

「もう一本!」

と一志に言って、差し出された線香花火を受け取った。

線香花火の先をろうそくに向かって垂らして火を付けた。

点のような火が巻き上がるように玉になっていく。

ポッポッ…という音がし出して、小さな花が咲き出した。

…と思ったところで玉が落ちてしまった。

「もう一本!」

一志から渡されて、再び火に付ける。

思ったより難しくて、今回も早い段階で玉が落下。

「もう一本!!」

再び挑戦するも敢えなく落下。

「もう一本!!!」

オレは何度も何度も挑戦したが、一番最初を越えることが出来なかった。

何本目だったろう…。

オレは今度こそ最後までやり抜こうと最大限の集中力を左腕に注いだ。

途中で少し斜めに持つといいとかいう昔聞いたことを思い出して、微妙に指を傾けたりした。

オレは、線香花火を見つめるうちに周りとか日常とかあらゆるものが火に溶けていくようにスーッと消えていくのを感じていた。

ただひたすらに、ぶっくぶくに腫れあがったオレンジの火の玉を瞬きも忘れて見つめていた。

目が痛くなるほど見つめていたら、また、パッパッ…と玉の周りに花を散らし始めた。

自分の顔がオレンジに照らされているのをどこかで感じながら、ジーッと線香花火が織りなす世界に引き込まれていた。

そして…

華やかだった火の花の舞が小さく薄いものになり、再び火の玉だけになり、しばらくして鎮火した。

「…お、終わった」

オレは小さく呟いた。

「見たか!?最後までやったぜ、やりきったぜ!!」

オレは線香花火を握りしめ一志に向かって差し出した。

「ほら、一志!!」

オレは嬉しさのあまり、満面の笑顔を一志に向けた。

そこには一志はいなくて、ついでに言うと伊藤もいなかった。

一瞬襲った孤独感の後、隣に感じる人の気配。

ゆっくり横を向くと、名前ちゃんがオレに微笑みかけていた。

「うん、見てたよ」

「わわわ?」

オレは我ながら素っ頓狂な声を上げたと思う。

顔面が火でも噴きそうに一気に熱くなった。

「長谷川くんと卓ちゃんは、喉が渇いたからって…。

それ以来、向こうで話に花が咲いたみたいで戻ってきてないよ」

「…いつから?」

「うーん。藤真くんが五本目やってる頃かな」

「え…。じゃあ…」

「花火を渡してたの?」

「…うん」

「私だよ。気がつかなかった?」

「…全然!ごめんオレ…」

「全然、いいよ。気にしないで。楽しかったし♪

すごい集中力だね、藤真くん。

やっぱり尋常じゃないものを感じちゃった!

続けざまに二十本やったんだよ!」

ニコニコしながら、最後は本当に感心してる風に名前ちゃんはそう言った。

「二十本?」

オレこそ驚いた。

オレ、そんなにやってたんだ。

何分経ったんだ、一体。

確かに、よくよく振り返ってみると、目の前から渡されていた線香花火が途中から横から差し出されるようになっていたような…。

現実に感覚を引き戻されてみると、足がジンジン痺れて痛い。

名前ちゃんは、ペッタリと地面にお尻を付けて体育座りしている。

オレはドキドキしながら、

「ずっと…一緒にいてくれたの?」

ろうそくが灯すだけの空間の中で、すぐ横にいる名前ちゃんにそう尋ねた。

昼間の明るい陽光の中では口に出すことなんて一生ないようなセリフだ。

これって多分、キャンドルマジック。

僅か数メートルのところにはヤツらがいるってのに、その時はすっかりこの世の中に二人っきりだと思い込んでいた。

これもやっぱり、キャンドルマジックだな。

「うん。私はとくに喉乾かなかったから。

それに、私が戻っちゃったら線香花火を渡す人がいなくなっちゃうから」

へへっなんて笑顔で言うキミ。

オレの質問の趣旨とキミの返答にちょっとしたズレを感じながらも、

オレは、オレたちの上で満天輝く星達がオレたちだけのものに思えるくらい幸せだった。

オレはキミに真似て地べたに尻をついて座り、キミ側の手を地面につけた。

「名前ちゃん…」

「なに?」

瞳をクリッとさせて、キミがオレを見つめる。

オレはキミの瞳を無言で見つめ返した。

「…どうかした?」

キミの声がどこか遠くに聞こえて、ろうそくの灯火が照らし出すキミの瞳は潤んで見えた。

オレは吸い寄せられるようにキミに近づいて…


ゲシッ!


背中に鈍い痛みを感じ我に返ると、

「藤真!」

オレを呼ぶ花形の声。

振り向き加減に見上げると、花形はオレの目をじっと見て

「花火、やろうぜ!」

妙にゆっくり、でかい声でそう言った。

「あ、あぁ…」

オレはそう答えてふらっと立ち上がり、一志が座っていた辺りに移動し花火を数本取り上げた。

「私にもちょうだい」

オレの背中に名前ちゃんが声をかける。

そのとき初めてハッとした。



オレ、何しようとしてたんだよーーー!



花形、オレが醜態晒す前に止めに入ってくれたんだなって気付いて、花形に花火を渡す時に小さく顎で会釈した。

花形はそれに気付いたようで、

「ん、」

と、小さく頷いた。

そしてボソッと

「当の本人だけ気づいてないってのがな…」

名前ちゃんをチラッと見て、やれやれって風に笑った。
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