カルピスソーダ

□♯23
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みゃ、脈ありって…





その日オレは伊藤家を訪れる次の約束を交わし、帰途についた。


夜?

寝れるわきゃないっ。

オレに脈が存在するってことを一晩中感じ続けられた夜だったな…。



それにしても、本当なのか?

オレには到底信じられん。

名前ちゃんが、名前ちゃんが…、名前ちゃんが?!

そんなことならそうだって言ってくれればオレはいつだって…

う、うわああぁああ…!

そ、そんなこと出来ないっ!

そんなこと出来ないよーーー!!!



オレは布団の中で頭を抱え続けた。



…そうだ、花形に言われたんだっけ。

「焦るな」

って。

まったく切ないものだ…。





オレは伊藤の家にそれから数日後の午後に伺わせてもらった。

名前ちゃんはオレがお邪魔したときには家にいなかった。

伊藤の部屋で勉強中に帰ってきたようだった。

とくにお互い用はないから、名前ちゃんが伊藤を訪ねてくることもオレを訪ねてくることもなく、オレは帰宅する時間を向かえた。

オレが帰るときに“お母さん”が自室にいた名前ちゃんに声を掛けて、階段から玄関へ下りてきた名前ちゃんがオレに、

「こないだはありがとう」

世にも小さな声で俯き加減でそう言って、

オレは、

「あ、うん。こちらこそ…」

やっぱりよくよくはっきりしない声で言って、モジモジしたまま伊藤家を後にした。





なんか…どうしていいか分からない…。

名前ちゃんがオレのこと意識してるのかどうかも全く分かんなかったし…。

“お母さん”が声を掛けなきゃ、部屋から出てくることもなかったってことを考えると、

意識されてるなんてこと有りえないって思えてくる。

…むしろ嫌われてるんじゃないかって思えてくる。

…もし嫌われてたりしたら、悲しい…

あの花火の日は夢のようだったのにな…



脈ありって本当なのか?



そんなことを心に燻らせながら、オレはそれから何度か伊藤家を訪れたが、名前ちゃんとのコミュニケーションを上手くとれないでいた。

用がないからメールもできないし…。

こうなってくると話もなくて…。





そうこうしているうちに夏休みも終わりに近づいていた。

心のどこかで、夏休み中にはなんとかなりたいって願望を持っていたオレは、夏の終わりを感じて寂しさを覚えていた。

実際、夏が終わるなんて信じられないほど残暑厳しい毎日だったけど…。

そしてまた、伊藤家を訪れることになった。

伊藤が、

「今日は花火しましょうよ」

伊藤家に向かう途中でそうオレに言ってきた。

オレはテンション低く、

「…野郎二人でなんて…何が楽しいんだよ」

そう言い放った。

「姉も誘ってみますから」

「出てくるかどうか分からないだろ…」

「夕方に、長谷川さんと花形さんも来てくれることになってるんです。
楽しそうにしてれば出てきますよ」

「…そうかな」

オレはふて腐れ気味にそう答えて、でも心のどこかで期待し始めていた。

名前ちゃんと会えるかもしれない、また楽しくおしゃべりして笑いあえるかもしれない。

キミがオレに微笑みかけてくれることを夢想して、心が温かくなった。





オレたちが伊藤家に到着したとき、名前ちゃんはリビングにいたようだった。

伊藤が、

「ただいま」

と言いながら玄関ホールに上がり、

それを追ってオレが、

「お邪魔します」

と言おうとした時、廊下の奥からガチャリという扉が開く音がして、パタパタパタという音とともにこちらへ向かってくる人の気配がした。

「おかえり。卓ちゃん今日さぁ…」

持ち主明白の声。

無警戒に玄関ホールまでやってくると、ビクッと全身を強ばらせて立ち止まった。

「…お、お邪魔…し、ます」

オレは名前ちゃんをじっと凝視して、…目が離せなかったっていうか、目の逸らし方を忘れてしまったっていうか…たどたどしい口調でそう言った。

「…い、いらっしゃい…」

名前ちゃんも絞り出すような声でそう言って、

「ごゆっくり…」

と、くるりと回れ右をして奥へと戻っていってしまった。

伊藤は名前ちゃんのそんな態度にまるきり疑問も持たない様子で、オレを自室へと促した。


オレは…

やっぱし、嫌われてるんじゃないかって…

決定的なことを知らされる前に、このまま消え去りたいとか思ったりしていた。

花火どころじゃないだろって…。


それでも、キミと過ごせる、キミの傍にいられる時間を思うと、何かを期待せずにはいられないオレがいた。






夕方、伊藤とオレで庭に花火の準備をして食べたり飲んだり出来る用意をした。

準備をしている最中に一志と花形がやってきて、オレのテンションも上がり始めた。

伊藤と二人っきりだったらとんでもなく辛気くさい花火になりそうだったけど、コイツらがくれば少しは違う。

名前ちゃんが出て来なくっても、なんとか気を紛らせそうだ。



「何買っていいか分からなかったから、適当におにぎりとか買ってきたぞ」

花形がそう言ってコンビニの袋を伊藤に差し出した。

それを受け取った伊藤は、

「すみません、母が今日は遅くなるそうなんで」

そう言って頭を下げた。

「イヤ、自分たちで食うもんは自分たちで用意するから気にするな」

花形が笑って伊藤にそう言い、

「それで首尾は?」

と声を潜めた。

伊藤もそれに合わせるように声を潜め、

「なんにも声かけてないです。
何かし始めたのは気付いてると思いますけど、ガタガタやってるんで」

と言った。

「うん、いいだろう。
取り敢えず暮れるのを待って…。
それまで談笑するか」

オレたちはベンチに腰掛けて、取り留めのない話を始めた。
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