カルピスソーダ

□♯22
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結局、オレと伊藤といつものメンバーでラーメン屋にいる。

「なんでおまえらもいるの?」

オレは露骨に不機嫌な声を出した。

「なんでって、オレたちもお腹空いたし」

「別に付いて来た訳じゃない、人聞き悪い言い方するな。帰る時間と向かう場所が一緒だっただけだ。相席に関しては店主に言え」

「別に今更、隠し事もないだろ。伊藤と二人っきりでナニするわけでもないんだから?」

「さ、注文しちゃおうぜ。マスターが待ってる」

オレは小さくため息を吐いた。

さりげに聞こうと思ってたのに、さりげなさのかけらもない事態になりそうだぜ…。





メニューには一通り目を通すものの、結局はいつもの通り“ラーメン”を六つ頼んだ。

「で、なんなわけ?伊藤をわざわざ呼びだした理由は」

永野が身を乗り出していかにも興味津々て目をオレに向けた。

オレは観念して事情を話し、ヤツらの意見を仰いだ。

「どう思う?一志、花形」

「どうって、普通じゃねえか?」

「気にし過ぎじゃね?」

「おまえらには聞いてないんだよっ」

オレはぷぷっと笑っている高野と永野を一瞥してそう言った。

「しかし藤真がメールだって」

「変われば変わるもんだな」

「だーかーらっ!ちょっと黙ってくれよ、オレは本気なんだから」

オレはもう一度だけチャチャ入れ専門みたいな二人を見てそう言うと、一志と花形に向き直った。

「何でもないなら何でもないでいいんだ。ただなんだか、突き放されたみたいな…ほんのちょっとなんだけど、そんな気がして」

ずっと腕を胸の前で組んでいた花形が口を開く。

「藤真がそう感じるならそうなのかもしれないな」

「え…」

慰めて欲しいとか、都合のいい言葉を並べて欲しいとかいう訳じゃなかったけど、やっぱりショックっていうか…。

人から言われてしまうと自分一人で思っていたときよりも何倍かショックだった。

花形がオレから視線を伊藤に移して、

「伊藤はどう思う?」

と言った。

同時にオレも伊藤に視線を移した。

「えっと…。姉とメールの遣り取りってまともにしたことないんで、どういうメールを打つとか知らないんですけど、やっぱし少し変かもしれませんね」

「…ええ?」

目を見開き思わず声が漏れる。

「…姉の性格からいくと、挨拶とかお礼とか、そういうのは結構マメかなって。姉のメールの内容が藤真さんの言ってる通りなら少しぎこちなさを感じますね」

「ぎこちなさ…」

オレは伊藤を見つめたままそう呟くと、どこか遠くを見ているような喧噪が遠く感じるような感覚に襲われ、そして真夏のラーメン屋で身震いを覚えた。

「なんかしたんじゃねぇの?」

俯くオレに高野が声を掛ける。

「…」

「しちゃったのかよ?」

答えないオレに永野が畳みかける。

「…どうかな、特に嫌われるようなことはしてない気がするんだけど…」

オレは体の前で重ねた手をじっと見つめながらそう言った。

「藤真さん。花火大会の日の帰り、家の傍でオレと会いましたよね。あの時、何してたんですか?」

伊藤がふと思い出したように口を開いた。

「花火大会の帰り?」

オレは顔を上げて伊藤の目を見た。

「はい。オレ、あの時てっきり…」

「あ…!」

オレはその時のことを瞬間的に思い出して思わず声を上げた。

「まさか…何かしたのか?」

一志が心配そうな声を出す。

オレはゴクリと唾を呑んで、

「抱きしめた…」

小さな声でそう言った。

一瞬の沈黙の後、思った通りの反応が…。

「抱きしめただとぉ?」

「何してくれてんだよっ、バカモノがぁ!」

高野と永野がオレに吠えた。

「おもっくそ襲ってんだろうがぁ!」

「名前ちゃんはなあ、おまえが今まで好きにしてきたようなこなれた女どもとは違うんだよっ、乙女の純血汚してんじゃねぇ!」

吠えまくる二人。

「待て!襲ってなんかないし!ちょこっとハグした程度だって!
抱きしめた途端に“お母さん”から電話が鳴って、名前ちゃんはそれに出て…。

オレから抱きしめられたのなんて、電話が終わったときには忘れてるくらいの出来事だったんだ。オレだって悲しかったんだぞ…」

「オレと遭遇する前ですか?」

「ああ。その後、伊藤が現れて、名前ちゃんに“ここでいい、さよならまたね”なんて軽ーく言われて、花火見て盛り上がってんのオレだけかって、すっげー悲しくて…」

「オレ、アネキのこと振り切って帰りましたよね。それからすぐには戻らなかったと思うんですけど?」

「…あ、そうそう。伊藤がさっさと消えてくれたお陰で、名前ちゃんと少し話す時間ができて…。

話しただけだけど、いい雰囲気だと思ったのにな…。冷たくされるなんて思ってもなかった…」

オレは再び俯いて、瞼を閉じた。

あの日のことが瞼の裏に浮かんでは消えていき、オレは甘さと切なさとを同時に味わった。

最後は切なかったんだけど…。


「伊藤。その後、家での名前ちゃんの様子はどうだったんだ?」

これは花形の声。

オレは力なく項垂れていた。

「当日は楽しそうでしたよ。次の日の朝もかな。妙にご機嫌で、花火にいけたのがよっぽど嬉しかったのか、確か鼻歌まで歌ってて」

伊藤。

「それが、藤真が昼に打ったメールへの返信にはぎこちないさを漂よわせたってわけだな」

花形。

「持ち合わせの情報だけで推測するなら、藤真に抱きしめられたことでも思い出したんじゃないのかな?」

一志。

オレはそこで目を開いた。

「一種の興奮状態が覚めて冷静になって花火大会の日を振り返ったとき、忘れていた記憶が蘇ったのは間違えないだろうな。

うぶな子だから、それだけでぎこちなくなることだってあるだろう」

花形の推察にオレは顔を上げて食いついた。

「どうしたら、オレが安全な男だって分かってもらえる?」

「それは、名前ちゃんが判断することだから。ただ既に、おまえを危険人物とは思ってないと思うけど。
抱きしめられた後の態度からすると、名前ちゃんの中で藤真はすでに他人ではないな」

「え?」

他人じゃないって?

他人じゃあないってどういうこと??

急に小汚いラーメン屋がキラキラと輝いて見える。

「お友達、以上だな」

「ちぇっ、お友達かよ」

オレはまた大きく項垂れた。

「イヤ。ぎこちなくなったというところからすると、案外…」

「案外なんだよ、嫌われてるってか?」

オレは背もたれにもたれ掛かって投げやりにそう言うと、今まさにカウンターから運ばれてこようとしているラーメンを目で追った。

「脈ありってことだ」

「…………え、

えぇええぇええーーー??!」
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