カルピスソーダ
□♯21
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改札を抜けて振り返り、キミを待つ。
改札を抜けた駅構内も散々混んでたけど、はぐれるほどでもなかったしきっかけもなくって、オレはキミとただ肩を並べて歩いた。
家まで送っていく道すがら、ずっと左半身がスースーして寒いような寂しいような…、気を抜くと名前ちゃんの方に体が自然と寄っていってしまうような感覚に捕らわれた。
オレの左半身はキミとの密着の記憶をいつまでも鮮明に記憶していて、その柔らかさや暖かさを求め続けようとする。
オレは精一杯意識を前に集中させて、キミとの距離を一定間隔保つように努力し続けた。
じゃないと、体全体で名前ちゃんを求めてしまいそうで自分でも怖かった…。
キミを傷つけたくない一方で、オレだけのものにしたいっていう欲望が日ごとに大きくなってきているのを、オレは今この時に自覚した。
たかだか数回…二回?デートっぽいことをしただけで、ちょこっと手を握っただけで、何の関係も始まってないのに、もうキミの熱をこの体に感じたくて、オレを感じて欲しくて仕方なくなってる。
名前ちゃんはオレのことどう思ってる…?
花火大会の途中の、永野の問いかけに対するキミの頷き、
「うん」
て声が、オレの頭の中をグルグル駆けめぐった。
「すっかり遅くなっちゃったね」
空に浮かぶ月を見上げながらキミが、さっきからずっと黙り続けているオレに言った。
「うちの人、心配してる?」
オレは気遣いもなく引っ張り回したことが急に気になって、心配でキミの瞳を覗いた。
するとキミはニッコリ笑って、そして上目遣い言った。
「ううん、大丈夫!お母さんにメールもしてあるし。
…藤真くんが帰るの遅くなっちゃう。ウチまで送ってもらっちゃって…」
角を曲がってもうすぐキミの家ってところで、楽しすぎた今宵が終わるのが寂しくて堪らなかった、キミの温もりを知ってそれをいつまでも求めてしまう自身を押さえるのに必死だったオレ。
月明かりが映し出すキミ、オレを見つめるキミ、オレのことを気に掛けてくれるキミがあまりにかわいすぎて、オレは、オレの欲望に負けた。
キミをひしと抱きしめて、
「そんなに遠慮しないで…。遠慮されると寂しいんだ。…オレ…」
キミを抱きしめたまま、次の言葉を探した。
オレに抱きしめられて、驚きのあまり言葉を失っているキミをオレは全身で感じていた。
どうしよう…驚いてる…驚かないわけないよな…襲われたって思ってるかも…!
もうこのまま思いを告げてしまいたい、告げてしまおう!
なんて言おうか…なんて言えばいいんだ…とにかくええい!!
「名前ちゃん…オレ…」
ちゃりちゃりちゃりり〜ん…ちゃりちゃりちゃり…
黒電話??
意を決したオレの出鼻を見事に挫く、間の抜けた音。
「あ、携帯!」
「…ごめん!」
キミが慌ててバッグの中を探り出し、オレはパッとキミを解放する。
「…もしもし?…うん。もうすぐ家だよ。…えっ卓ちゃん?一緒じゃなかったから知らないけど…。うん…私も今だから、そのうち帰ると思うよ。…うん、じゃあね」
ピッという音を立てて通話を切り、携帯をバッグにしまうキミ。
呆気にとられたままのオレに
「ごめんね、家から。まったくぅ。
えと、話の続き…なんだった?」
邪気のない笑顔を向ける。
「…あ、えと…」
言えるかーーー!!!
「…私、いつも変に遠慮ぽくてごめんね。慣れてなくて、こういうこと…」
名前ちゃんは黙り込んだオレから何かを察したのか、俯いてそう言った。
「…そう言うんじゃなくて…えっと…。あのね、オレ…」
オレが意を決して再び秘めた気持ちをキミに伝えようとしたとき、
「アレ…?今だったんですか、帰り。オレ、母親から着信があったから、アネキはすっかり家に帰ってるのかと…」
暗闇からオレたちの前に舞い出たのは、伊藤卓、名前ちゃんの弟だった。
「…卓ちゃん!お母さん心配してたよ、電話した?」
「うん、さっき…。ところでなんでこんなところで…」
こちらもまるで邪気のない瞳をオレに向ける弟、ただこっちの方が幾分空気は読めるようで、オレと目が合うなりハッとした表情をした。
オレは伊藤を冷ややかな視線で見つめ続ける。
「…あ、オレ…先戻ります!」
伊藤は慌てた様子でその場を退散しようとする。
「待って、私も帰るよ」
「ば、ばかっ!何言ってんの!?
…ふ、藤真さんにちゃんとお礼言ったのかよっ。…とにかく、とにかくオレは一歩先に家に入るからっ」
「ちょ、ちょっと何…」
「藤真さん、本っ当にすみませんっ!」
伊藤は名前ちゃんを振り切って、オレには涙を目に浮かべながら必死に謝って、とにかくその場を離れようって感じでタタッと走って行ってしまった。
普段からあのくらい気持ちの入ったダッシュ、見せろよな。
その後ろ姿を呆然と見つめるキミ。
そしてオレに
「なんだろう、卓ちゃんたら一体…」
と呟くように言った。
「…本当だね」
オレも伊藤の背中を見送りながら、心のこもらない声でそう言った。
告白って、タイミングその他いろんなことをクリアしてやっと辿り着けるものだったんだな。
しょっちゅう告白されてるオレはそのことに全く気付かなかったぜ。
みんな難なくオレに告白してくるから、こんなに大変なことだなんて分からなかったんだ。
気持ちが最高に高ぶった状態じゃないとこっぱずかしくって言えたもんじゃないし。
名前ちゃんはオレに振り返ると、
「今日はありがとう。とても楽しかった」
静寂さを取り戻した夜の住宅街の片隅で、キミはオレに微笑みをくれた。
「オレも…。オレもすごく楽しかった。今日は本当にありがとう」
なんだか照れくさくって、オレははにかんでそうキミに言った。
「じゃあ、送ってくれてありがとう」
そう言ってオレの前から小走りで家に戻ろうとするキミに
「もうそこだから、家の前まで送らせて」
オレはそう言って、もう数十歩って距離のキミの家の前までお供させてもらった。
家の門の前で改めてキミが
「じゃあ…ね」
そう言ってちょっとだけ名残惜しそうにオレを見上げると、門に手をかけた。
「また、会える?」
ここまで来てもまだキミと離れるのが切なくて、すんなりキミを家に入れたくないって気持ちが働いて、そんなことを聞いてみた。
手を門扉にかけたまま、オレを黙って見上げるキミ。
すぐに、もちろん!て答えてくれると思ったのに、一瞬以上の間があいても、キミの口からは言葉が出てこない。
何かを言いたそうにして、言い出せなくて戸惑っているようにさえも見える。
オレは胸がギュッと締め付けられるような思いに駆られて、門扉にかけられたキミの手を取った。
キミは驚いて瞳をオレに向ける。
オレはその月明かりを映すキミの瞳をじっと見つめて、
「名前ちゃんにまた会いたいんだ…オレ」
素直なオレの気持ちをそう言葉にして伝えた。
キミはオレの目をジッと見つめ返すと、瞳を揺らしオレの瞳の奥に何かを探すようした。
オレの本意なんて一つしかないから、キミに伝えた言葉のまんまだから、オレは臆病になることなくキミを見つめ返す。
恥ずかしくて堪らなかったけど、オレは逸らさなかった。
「…うん」
俯いてそう頷いて、
「またね」
とキミが言った。
「…ありがとう」
自然とオレの口からそんな言葉が零れた。
オレとまた会ってくれる、キミがオレにそう答えてくれたことが嬉しくて、感謝せずにはいられなかった。
門扉をくぐるキミの手に握られたバッグに花火をかたどったストラップが月明かりを反射してキラキラと輝いていた。