カルピスソーダ
□♯19
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花火大会の日の朝、オレは部活後に伊藤の家に行くだけにしては不自然な準備をして出かけた。
伊藤家から真っ直ぐ帰るだけだったら、いるはずもない私服。
場所取り用のレジャーシート、ペンライト、虫除けスプレー、虫刺されの薬、フェイスタオル。
夕べ、家に帰る気ゼロってバレバレの用意を万端整えた。
絶対クソ暑いから、名前ちゃんのために冷えピタも持ってこうかと思ったけど、おでこにそんな物を貼ってる二人なんて色気がなさ過ぎるだろって、やめた。
部活が終了し、オレといつもの四人と伊藤の六人で、いつものラーメン屋で昼飯を食って、その後、オレは伊藤と連れだって伊藤家へと向かった。
ヤツらが
「またな!」
と口々に言って、
オレが、ああって言う前に伊藤が、
「じゃあ」
と言ったのがちょっと気になったが、深い意味はないと判断してヤツらと別れた。
伊藤に名前ちゃんのことを聞くと、今朝も登校しているからオレたちが伊藤家へ到着してもまだ帰ってないんじゃないか、ということだった。
そっか、つまんねえの…と思いながらも、なんとしてでも上手くさりげなく花火大会に誘い出さねば…と、意気込んでグッと両手を握った。
伊藤家へ帰宅途中、伊藤がちょっとコンビニに寄りたいと言って立ち寄った。
オレは500mlのアクエリア○ビタミンガードを買って、伊藤に断って一足先にコンビニを出た。
伊藤家はすぐそこだったが、猛烈な喉の渇きを感じて、すぐにでも水分補給がしたかった。
思いっきり上を向いて喉を真っ直ぐにし、ガーッと冷たい液体を喉に流し込んだ。
「ふー、生き返るぜ…」
額を手の甲で、唇の端を右の親指の腹で拭い、ボトルのトップを摘みながら独りごちていると、後ろからポンポンと背中を叩かれた。
「早いな伊藤、行くか」
オレはボトルキャップを回し閉めながらクルリと後ろを振り返った。
「藤真くん」
真夏の日差しを浴びてひたすらに輝く、真夏の日差しの中にいて妙に涼やかな面持ちのキミは…
「え…、あ…、え…ええぇ!?」
「今からうちに行くの?」
太陽より眩しい笑顔でオレのハートを射抜くキミ。
「…う、うん。今、伊藤が買い物してて…」
「そうなんだ。
…はあぁ、それにしても暑いよね。今日も雨降りそうにないね」
そう言って雲一つない空を眩しそうに見上げる、眩しすぎるキミの首筋を見つめるオレ。
「名前ちゃん…今帰り?」
ようやく今更ってことを言うオレ。
聞くまでもない、こないだと同じ制服姿にこないだと同じ通学用のバッグを持っている。
バッグにはオレと選んだチャームがキラキラと光を反射しながら揺れていた。
「うん。ほとんど毎日学校だよ。予備校みたいだよ〜まったくぅ」
クシャッと顔をしかめ、口を尖らす。
ため息を吐きながらも学校が嫌いじゃないのか笑いながらキミが言った。
「頑張ってるんだね。オレも頑張らなきゃなあ…」
私立のお嬢様学校の手厚い進路指導に思わず感心する。
オレもこないだ将来の夢が決定して、その夢を叶えるべくひたすら勉強にも精を出してはいるけれど。
頑張らないとな。
…オレ、名前ちゃんよりおつむ悪いのマジ勘弁だぜ。
…あ。
勉強、夜、今夜、…花火大会。
連想ゲーム式に繰り出されたキーワードで、思い出された本日のメインイベント。
…よ、よし。
さ、誘うぞ…!
「あ、あのさ、今日…」
…一旦呼吸を整える。
「あの、あの…。今日なんだけど、は、花、花火…花火大会…、い、い、い、一緒に…」
「もしかして、卓ちゃんに聞いたの?」
「え…?あ…、うん。えっと…」
キミがオレに微笑みかけて瞳を合わせてるうちに、自然に脈が整い心が落ち着いていった。
「藤真くん、今夜はなんの予定もないの?」
首を傾げてオレを見上げるキミ…。
ドクン。
整ったはずの脈がまた大きく乱れようとする。
「…うん。良かったら一緒にいかない?」
脈が乱れるより先に言ってしまおうと一気に言葉を口から吐いた。
「…いいの?」
少し不安げな、不機嫌ともとれる顔でキミがそう言った。
「うん…。…良かったら」
オレはなんとか呼吸と脈を整えながら、微笑みを浮かべてそう言った。
「うん。じゃあ一緒に行こ♪」
ニコッと微笑むキミ。
「良かった♪今年はとうとう家で独りぼっちかと思ってたの」
そう言って、満面の笑みをオレに向ける。
「オレも!…なんて、オレ、昨日まで花火大会のこと忘れてたんだ」
キミの笑顔に心から安堵して、ハハなんて後頭部に手を当てながらそんなことを冗談めかして言う。
ふふふって口に手を当てて笑うキミが、オレにはとっても眩しい。
炎天下の太陽より強烈にオレを照らす。
こないだよりも確実に好きだ。
伊藤がコンビニから出てきて、一緒に家まで歩いて帰った。
伊藤と四時まで一緒に勉強をした。
伊藤は時々オレに聞いてきたけれど、基本的には自分で解いてたからオレも自分の勉強にほぼ没頭していた。
四時になると伊藤が家を出ると言った。
名前ちゃんはまだ支度が出来てないと言って、伊藤は一足先に出ると言った。
「良かったら場所とっときますよ」
と言うのでお願いすることにした。
名前ちゃんは“お母さん”に浴衣を着付けてもらうと言って、オレたちは六時過ぎに家を出た。
オレは半袖のシャツにGパンていうカジュアルな出で立ちを装った。
名前ちゃんの浴衣姿は…、ため息が出るほどかわいかった。
オレはキミの隣でキミを眺めてはそのかわいさにため息をもらした。
その度にキミは、
「変?変?」
とオレに聞いた。
「ち、違っ。…か、か、かわ…。…かなり暑いね…」
オレは赤面する顔を逸らして口元に手を当てて、キミをチラ見しながらそんなことを言った。
かわいいよってたった一言、言いたいのに。
そんな遣り取りをしながら電車に二人で乗り込んだ。
混雑した電車はオレたちの距離を近づける。
キミと一定距離を保つようオレは体に力を入れて踏ん張った。
「大丈夫?」
潰されやしないかと心配になって何度も尋ねた。
ニコッと笑って
「うん」
と答えるキミに腰が砕けそうになるオレ。
会場のある駅に近づくにつれ車内の混雑が激しくなっていき、オレと名前ちゃんの距離が数ミリずつ近づいていく。
オレの背中がグッと押される。
それでもオレは名前ちゃんとの間に一定の空間を保つよう頑張った。
だって、だって…。
そんなことに気を張っていると、突然に電車がグラッと大きく揺れた。
オレの体も名前ちゃんの体も周りの人たちの体も揺れた。
あっ!
オレがそう思った瞬間に、オレとキミの間に人が入ってしまった。
スペースなんか取ってたからだ…ガーン!
そんなことを思ってももう後の祭りで、オレたちは間の人越しに目を見合わせて苦笑いをした。
こんな混雑した電車の中で、浴衣姿の名前ちゃん。
痴漢にあったりしないだろうか…オレはキミとの距離ができてから、妙な妄想が膨らんで堪らなく心配になった。
浴衣姿は名前ちゃんばかりじゃなくて、周りのほとんどの女子が浴衣姿なんだけど。
でもオレの妄想は止まることなく膨らみ続ける。
とにかくオレの元にキミを引き戻したかった。
オレは、つまらない恥じらいでキミとの間に取った距離を恨み続けた。
電車が揺れる度、キミが表情を曇らす度にオレの心配が増していく。
伊藤と待ち合わせしている場所の一駅手前の駅に電車が滑り込むと、ホームには大量の人の姿があった。
扉が開き、ぐいぐいと奥に詰めさせられる。
オレはこれ以上、名前ちゃんとはぐれることに我慢できなくて、妄想で心が壊れてしまいそうで、人波に押されながらキミの浴衣の袖を掴みくいっと引っ張った。
一瞬ビックリした顔をしながらも引っ張った相手がオレと分かると微笑んで、流される方向をなんとかオレの元に修正しようとするキミ。
オレもキミに近づこうとするも抗いがたい流れにオレたちの距離はますます大きくなりそうだった。
嫌だ!
オレはこのままでは名前ちゃんが痴漢列車な目に遭ってしまう…というとんでもない妄想に取り憑かれ、腕を強引に掴んでグイッとオレの方へ引き寄せた。
周りの人がチラッとオレを見たけれど、オレたちがカップルと認識したのか名前ちゃんをスッとオレの元に通してくれた。
オレはキミをオレの手元に引き寄せると、
「大丈夫?」
もう誰にも触れさせたくなくて、浴衣を着た女子の群れとオレの間にキミの身を置いた。
「うん。大丈夫」
もうほとんどオレの胸の中って位置でキミがオレを見上げてそう微笑んだ。
良かった…
ホッとした瞬間に込み上げる緊張、胸のドキドキ。
オレは、オレが痴漢行為に走らないよう精一杯自制した。
さっきとは違う妄想と戦うオレを乗せた電車は、次の駅のホームへと向かってひたすらに走り続けた。