カルピスソーダ

□♯19
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名前ちゃんを自宅まで送り届けて、オレは幸せのうちに家路についた。


名前ちゃんが、

「またね」

って言って、オレも

「じゃあまた」

なんて言ったりしちゃって♪



こんな幸せな日があっていいんだろうか…

怖いくらいの幸せに目眩を起こしそうになりながらようやく家に辿り着いて、その日は寝るまでずっとニヤけていた。



それからしばらくの間、オレは常にバラを背負って生活していた。

オレの纏う空気もオーラもみんなみんなバラ色だった。

あの日の夕焼け色だった。

バスケをしていても、勉強をしていても、何をしていてもとにかく絶好調で。


バスケ部の連中はそんなオレを見て、頭の中の栓が壊れて出っぱなしの水道みたいに…とかなんとか言っていたが、そんなことはオレには分からなかった。

すべてに対し、

「そう。そう。そうだろうよ♪」

と、答えていた。

オレはすっかりキミに夢中で、常に幸福だった。



そんなんだから、ついうっかり大事なことを忘れてたんだよな…。

まったくオレとしたことが。




それから一週間ほどたった頃、部活終了後に伊藤がオレの傍へ寄ってきて、

「藤真さん。明日の午後、オレんちにいいですか?」

と言ってきた。

「いいけど…なんで?」

「…やっぱり忘れてる!オレんち来るって言ったじゃないですか。あれ以来全然来てくれなくて…。明日、オレのところに来て下さいね、お願いしますよ」

妙に強く念を押して、オレに“伊藤”を推薦してくる。


「そっか…。でも、名前ちゃんに会えるんだ♪」

オレがそう呟いてニヤけながら着替えていると、

「まさか、明日が何の日か本当に忘れてるんじゃ…」

伊藤が、オレの隣の花形に耳打ちしているのが聞こえてきた。

「そんなことってありえるか…?」

「まさかだけど、この一週間の様子じゃ…」

「怪しいよな」

いつの間にかその二人の周りに、いつもの連中がむさい上半身を晒しながら集まってきている。


明日…?

なんのこっちゃ??


オレが再び鼻歌交じりに着替えを始めると、

「藤真、明日は花火大会だぞ」

高野がオレにずいと近寄って、不細工な顔でそう言った。

オレは高野の顔をぐっと押し戻しながら、

「花火大会?…え??…花火大会??」

でっかい声で高野の後ろの連中にそう聞き返した。

「マジかよ…。どこもかしこもそのポスターだらけだろ。気づかないっておまえ…」

永野が恐ろしい仰天顔でそう言った。

「オレたち、この三年間で始めて参加できるんだぞ、この行事に。いくら縁遠いからって忘れるなんて…」

一志が眉間を押さえている。

「おまえも恋する男子なら、それくらいの情報押さえとけ」

花形の口から“恋する男子”なんて言葉が飛び出すとは…!



湘北に負けたオレたちは確かにあれから何かが変わり始めているのかもしれなかった。

オレが“恋する男子”になったって方が、衝撃変化かもしれないけど。


「待て。今年の花火大会は中止になったんじゃなかったか…?」

確かそんなことをニュースで見たような見ないような…。

「…それはアッチの世界の話でオレたちはコッチの世界で生きてるんだから、言わないお約束事項だろ。
何のために暦を原作沿いにしてると思ってるんだ」

花形が人差し指を鼻に押し当てて、シーッと言いながらオレに注意を促した。


…そうだったんだっけ?

バラ背負ってるうちに大概のことを忘れちゃったみたいだな…。






伊藤が、話しを元に戻しますね、と言って、

「それでなんですけど…。
姉が最後の頼みにしていた友達から、今年の花火大会の予定を一昨日キャンセルされたらしいんですよ」

と、オレの目をジッと見てそう言った。

「マジかっ!?」

「はい。“どうせ女友達なんてね…。もういい、家で音だけ聞いてるんだからー”って携帯握りしめて大きな独り言を呟いてたんで、間違えないと思います。今朝もまだ浮かない顔をしてたし、今年はとうとう本当にひとりぼっちみたいで」

伊藤はそう言うと、ふふっと笑った。

「よく笑えるな、おまえ。可哀想だろ、今すぐ取り消せその笑い!」

オレが伊藤を睨み付けると、

「おかげでおまえにチャンスが巡ってきたんだ」

花形が静かな声でそう言った。

「え?」

どういうことだ??

「おまえ、明日の午後、素知らぬふりして伊藤家に行け。そこで適当に段取りつけて、夜は名前ちゃんと花火大会だ」

「え!?」

オレはしばしビックリした後で、くくっとほくそ笑んだ。

「その笑いは取り消さなくていいんですか?」

伊藤がそんなオレを見て、にっと笑った。

「おまえ、悪趣味だな。最近、著しく花形化してるぞ」

オレは伊藤にそう言いつつも、ニヤけた顔を戻すことができなかった。



「そういうことだから、後は頑張れよ」

花形がロッカーに向き直り、再び着替えを始めようとする。

「待ってくれ!この状況でオレに適当な段取りなんて無理に決まってるだろ!どうやって話つけるんだよーーー!」

オレは花形の長い腕にしがみついた。

お願い教えて!

「…オレのことさっき、間接的に悪趣味って言わなかったか…?」

「言うわけないだろ!どこのバカだよ、そんなこと言うのはっ」

「はあー…。
…伊藤。今晩、藤真が明日の午後来訪することをご両親に伝えてくれ、名前ちゃんのいるところで、だ。ついでに、明日は花火大会だから、藤真はさっさと帰ると言うんだ。すると、藤真にどんな予定があるのかってお母上辺りが気にするかもしれんし、全く話題に上ってこなかったとしても、おまえ自身の都合で帰ってもらうって言うんだ。どうせそうなるんだし。藤真はフリーで何もないってことを強調するんだぞ。ついでにお姉さんに“藤真さんなら暇だから誘ってみれば”って、あたかもその場で思いついたように、適当な感じに、押しつけないように言え。今晩の話はそこまでで、後は明日、藤真が来訪したときに、さりげなく誘えばいい。
…断られたとき?そんなもんオレは知らん。
…いなかったら?メールすればいいだろ。伊藤に聞きました、とかなんとか言って。
後は自分で考えろよ。いくら恋愛偏差値幼稚園児並みでも、最近のイケてる幼稚園児ならそのくらいスマートにこなすぞ!」

傍観者の一志、高野、永野がクククと笑い合っている。

オレはクルッとロッカーに向き直り、

「幼稚園児には負けんっ」

そう呟いた。

思いはすでに、花火大会の夜空にトリップしていた。
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