カルピスソーダ

□♯18
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オレたちはカフェに来ていた。

オレは、向かい合ってアイスコーヒーを啜り合うことにこの上ない喜びを感じていた。

涼しくてコーヒーのいい香りがして、ここは天国かと思う。

オレはこれまで、カフェにいて不機嫌そうな人ってほとんど見たことがない。

カフェってそれだけ魅力的な場所なんだと思う。

オレは敢えてカフェって呼びたいし、そこに身を置くことにいつからか楽しさを覚えている。

なんか憧れるんだよな。






オレはカフェラテを、名前ちゃんはキャラメル風味のフラペチーノを頼んだ。

先に名前ちゃんに注文させて、すぐにオレも注文し、カウンターに千円札をパッと置いた。

「え!?自分で払うよ」

名前ちゃんは既に握りしめていたお財布の小銭入れの部分を開きながらそう言ってきたけれど、オレは千円札をぐいと店員の方に差し出して、

「いいから」

と言ってカウンターと名前ちゃんの間に身を滑らせた。

一瞬戸惑った店員も、オレの態度を優先しレジを打ち、オレは無事会計を済ませた。

ランプの下で待つように指示され、二人で並んで待ってると、

「気を使ってくれなくていいのに」

と名前ちゃんが戸惑った様子を露わにして言った。

その様子を見たオレは、名前ちゃんて奢られることに慣れてないんだなと感じた。

そしてそんな名前ちゃんがかわいくて仕方なく思えた。

男になんて奢らせとけばいいのに、そう思うと同時に、やっぱり名前ちゃんはそういう経験が皆無に等しいんだと実感した。

そしてオレは、悪趣味だとは思ったが、ちょっとした優越感を感じずにはいられなかった。


そういえば、一番最初に出会ったラーメン屋で、親から預かったというお金を持っていたのも、会計をしていたのも名前ちゃんだった。



「名前ちゃん、このくらいオレに奢らせてよ。オレも男だし女の子に奢ってあげたいんだ。デ、デ、デー」

トのお礼って言いたかったけど、それ以上言葉にならなかった。

顔面がヒリヒリするほど熱を持ち、喉が渇いて張り付いたようになっていた。


「あ…。ありがとう」

名前ちゃんはぼーっとした瞳を宙に浮かせて、実感の湧かないような声でそう言った。


オレはごくりと唾を飲み込んで、

「奢らせてもらえて嬉しいんだよ。遠慮されると返って悪いことしてる気になるから、気にしないで」

伏し目がちに、はにかみながらそう言った。

名前ちゃんは目を丸く見開いて、

「…ごめんね」

と自信のなさそうな声を出した。

「あ、だから謝らないで…。オレ、喜ばせたいだけだから。ちっぽけだけど、そんなことで名前ちゃんが喜んでくれたら嬉しいって思ってるだけだから…」

謝られるなんて切なくて、慌ててオレはキミに弁明する。


名前ちゃんが謝るようなことじゃないんだよ、オレの勝手な優越感のためなんだから。

オレの必死さというか変な力の入り具合が伝わったのか、

「ええと…、あの…。ありがとう。嬉しい…」

染まった頬で、視線を伏せてそう言った。




あ…、ヤバイ。

抱きしめたいほどかわいい…!



「名前ちゃん…」

オレたちはずっとカウンター向かって並んでいた立っていた。

オレはキミの瞳に吸い込まれるように、向き合う位置に身を移す。


潤んだ瞳をじっと見つめて…





「あの…ラテとフラペチーノのお客様ですよね?…えと、…とっくにできあがってるんですけれど…暖まっちゃうとなんなので…」

店員が申し訳なさそーな声が、オレと名前ちゃんの間に割って入った。



オレたちは、そそくさと商品を受け取って空席に腰を落ち着ける。

向かい合って、ビバレッジを飲むオレたち。

名前ちゃんはストローをぐるぐる回し、ストローを口に含むとフラペチーノを吸い込む。

時々、ズズッズズッという音が立って、その度にストローから口を放し、またかき混ぜるという動作を繰り返している。


「これ、男の子と一緒のときに飲む飲み物じゃないね」

と言って顔を赤らめながら苦笑いした。



オレにとっては、ストローを加える時の唇とか、吸い始めの強く吸い上げる様子とか、最後に音が立っちゃうのも、美味しそうに飲み込んでる動作もみんなみんなかわいいけど…な♪


うっかりそのことを伝えようと口を開きかけて、ハッと手のひらで口をガシッと押さえて言葉を喉の奥に押し戻す。

そして、その言葉を時間をかけてゆっくりと飲み込んだ。


そんなこと言ったら変態だと思われるよな?

じゃあ、なんて言葉で伝えればいい…?

かわいいって思ってることを伝えたいだけなんだけど…。


女の子に、さりげなく気持ちよく爽やかに伝えることがこんなに大変だなんて…知らなかった。


信用を得るのは簡単じゃないのに、それを失うのは一瞬だからな。

心してかからんと…。

そう思った途端に、何故かオレの心音が速まった。




「サンダルは買うの?」

オレは結局どう言葉を発したらいいか分からなくて、話題を変えることにした。

「…ミュール?
お出かけのときに履きたいから買おうと思ってるよ。お母さんにお金もらえたら、ね」

一瞬首を傾げてからふふふと笑い、二人で一緒に見たミュールってやつを思い浮かべているのか、嬉しそうに笑った。


「名前ちゃん家ってお金持ちなのに、結構金銭感覚がしっかりしてるんだね」

オレはさっきから思ってたことをポロリと口に出した。

だってさっきも千円高いとか言ってたし、ミュールだって特別高い物じゃなくて、金欠じゃなければ高校生の小遣いでも買えるんじゃないかって程度の金額だった。


名前ちゃんはストローを口にくわえたまま、不思議なことを耳にした子どものような瞳でオレを見た。

「そう?」

「うん。しっかりしてる方がいいことだけど、お嬢様育ちなのになと思って」

「お嬢様育ちじゃないよ!うちは貧乏だって言われながら育ったし、学校にはお金持ちの子がいっぱいいるけど“うちは違うんだから勘違いしないように”っていつもお母さんに言われてるんだ」

え…?

まさか貧乏ってことはないだろ?

確かに伊藤も普段地味にしてるっていうか、あんな家で育った風な振る舞いや態度はないけど。

思えば、さりげなく品がいいって程度で、持ってる物もみんなと一緒だ。


…“お母さん”がそう言う風に育ててるんだろう…、そう思えば万事納得するけど、貧乏は言い過ぎじゃないか…?


「名前ちゃんちのお父さんてなんの仕事してるの?」

「医者」

やっぱり金持ちじゃんか!

「へえー…」

どう取り繕おうと思ってもそれ以上の言葉が見つからない。
 
「開業医なんだけど…だから?…借金がいっぱいあるんだよ。ここだけの話。だから、一見お金があるように見えても、内情は火の車なんだって、お母さんがいつも言ってるの」

「…うん」

本当かなあ、お母さん、適当なこと言って子どもたちのこと誤魔化してない!?

「卓ちゃんが病院継いでもまだ借金があるんだって」

「ふーん。…って、伊藤って医者になるの?」

「うん、予定ではね。子どもの頃は私か卓ちゃんのどっちかって言われたこともあったけど、私の頭って完全に文系だから。中学生の時点で文系決定だったから」

「…すげえな伊藤!オレ、医者になるヤツなんかに勉強教えられるのかな…」

花形じゃなきゃ無理じゃないか…?

「藤真くん、頭良いんでしょう。大丈夫だよ!」

…頑張らなきゃ。

「…ところで名前ちゃんは何になるの?」

話の流れで思い切って聞いてみる。

「私?…そうだねえ、何になろうかな…。私はね、頭が文系だって判明した時点で会計士と結婚するようにお母さんに言われてるの」

「会計士?」

「うん。うちの病院を支えるのは、ドクターとナースだけじゃ足りないんだって。会計士が必要なんだって」

なかなかシビアな話だけどそう言うもんなんだろうな、実際。

オレ、嫌いじゃないそういうの。

「なるほどね」

「今は、お父さんが“先生”って呼んでる会計士さんがいるんだけど、その人ってお父さんより年上で、後継ぎがいないからそのうち事務所を閉めちゃうんだって。それでお母さんが私にそんなこと言うんだけど、笑ってるけど本気だよ」

「そうかもね!」

「自分で会計士になれたら一番いいんだけど、ね!」

「…心配しないで!」


会計士ね、オレの将来決定♪

伊藤に小突かれながら扱き使われるのはどうかと思ったけど、“先生”なら訳が違う。

名前ちゃんのためなら、伊藤に小突かれてもいいかなっとも思っちゃうけど♪

オレ、よりいい大学に入って、立派な会計士になるぜ!!





漠然としていたオレの将来が決まったところで、名前ちゃんと一緒にカフェを出た。

日はまだ高く十分に明るかったが、冬ならもう真っ暗になってる時間。

日が傾く前に送り届けて、紳士的なエスコートぶりをアピールしなくちゃ…“お母さん”に。

それで“お母さん”に、

「名前ちゃんは藤真くんと結婚しなさい!」

て言ってもらうんだ♪
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