カルピスソーダ

□♯16
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入念に身だしなみを整えて、体中の匂いをクンクン嗅いで、鏡の前でクルッと一回りして不具合がないかチェックする。


完璧。


完璧なオレが完璧だって言うんだからどんだけ完璧なんだよって感じで。


パンも食ったしカルピスソーダも飲んだ。

歯も磨いて口臭もチェックした。


「行ってくる!」


「今日で嫌われるなんてことないようにしろよ」

「何事も慎重に、だ」

「思い余ったことだけは絶対にするなよ!」

「何かあったら連絡しろ、駆けつけるから」


昼飯を付き合わせた四人の声を背中に受けて、オレは部室を出た。




待ち合わせは駅の改札前。


ここなら右から来ても左から来ても見逃すことはない。

「どこにいるか分からなかったから、またね」

なんてことはないと思うが、お互いの認識違いで別々の場所で延々待ってましたってことを避けるために、オレがこの場所を指定した。


時刻は一時ちょっと前。

待ち合わせの時刻よりちょっとだけ早く着く。

キョロキョロと辺りを確認する。

…いない。

よし!

今日だけは何があってもオレが先に来てたかったんだ♪

左右に目を遣って名前ちゃんを探す。

こないだ見た制服の記憶を頼りに姿を探したけれど、どんなに目を凝らしても通路にその姿はない。

…遅れるのかな。

携帯をチェックしようとポケットに目を遣り手を伸ばす。

「藤真くん」

オレの目の前に突然現れた人影。

ぴょこんと飛び出して来たかと思うと、オレを見上げニコニコしている。

「あわわ、あわわ、わああああ…!」

オレは思わず一歩その場から退いて、素っ頓狂な声を上げた。

「どうしたの?」

お、驚いたんだよ、ビックリしたんだよーー!

「あ、ごめん。突然現れたから…」

改札前の通路は改札を通過してきた人の群れでごった返していた。

この群れの中から飛び出してきたんだな…。

「今着いた電車で来たから。待った?」

「ううん、今来たところ」

電車?

…名前ちゃんの学校って…そっか。

「電車通なんだ?」

「うん。すぐだけど一応電車通」

「…それって制服?」

確か今日は制服だって言ってたけどこないだ着てたのと違う。

「うん。盛夏用なの」

「そんなのあるんだ」

私立のお嬢様学校ってそんなものまで用意されてるんだ…。

思わず感心してしまう。

とっても似合うよ、かわいいよ♪

ついウットリ見つめていると

「変?」

そう首を傾げた。

心臓がトクンと跳ねて、顔に熱を帯びるのを感じる。

「ううん、全然、全然。す…すごく、か、か、かわ…かわ…」

「そう言えば藤真くん、もうお昼食べた?」

…はっきりしないうちに次の会話を被せられてしまった…。

「うん。パン食べてきたけど」

「そっか。私、授業終わってすぐに来たから何も食べてないの。ちょっとだけ何か食べてもいい?」

「もちろん、もちろんだよ!」

失敗した〜〜〜!!!

パンなんか食ってくるんじゃなかった〜!

なんって気の利かない野郎なんだ、オレってヤツは!!


「ファストフードにするね。飲み物だけ、付き合ってくれる?」

「うん」

あったり前だろ、何でも付き合うよ!!

オレたちは一番近くのファストフード店に入るため移動し始めた。


「名前!」

歩き始めてすぐに後ろから声を掛けられた。

名前ちゃんがくるりと振り返り、オレも振り返る。

「…」

名前ちゃんの名前を呼んだのは名前ちゃんと同じ制服を着ている女子だった。

その女子はオレを見るなり絶句した。

「どうしたの〜?」

名前ちゃんはその女子が誰だか気付き、きゃぴっとした。

「名前の言ってた人って…この人?」

名前ちゃんの知り合いの女子が名前ちゃんの袖を引っ張ってそう耳打ちをした。

「うん。そうだよ」

ニコニコとして耳打ちの女子に普通の声量で返す。

耳打ち女子は更に名前ちゃんの袖を強く引きその場から僅かに離れると、

「…ちょっと、ちょっと…」

と高い小声で名前ちゃんに言った。

全然聞こえてる辺りが耳打ち女子もお嬢様って感じだな…。

「どうしたの?」

名前ちゃんは不思議そうな顔で耳打ち女子の顔を覗き込む。

「…信じられないくらいカッコイイじゃないのぉ!」

「うん、そうかもね〜!」

「そうかもね〜じゃないってーー!」

「弟の知り合いなんだ♪」

「…だ〜か〜ら〜??あのね、これはチャンスよ!今回を逃したらもうこの先ないから!その覚悟で当たりなさいよ!いいね!!」

「何?何が?覚悟って何?」

「何、とぼけてるのよ〜〜!」

耳打ち女子は名前ちゃんの腕を引いて

「名前の友人です。名前のこと、これからよろしくお願いします」

そう言ってオレにぺこりと品良く頭を下げると、

「朗報待ってます」

そう名前ちゃんに耳打ちをして人混みに消えていった。


「何だろう、労働って…」

呆気にとられたような顔でそう呟く名前ちゃん。

労働じゃなくて朗報!

間違えなくオレとのことでしょ!

喉まで出かかったその言葉をオレは何とか飲み込んだ。


名前ちゃんて疎いとかとぼけてるとかのレベルじゃないよな。

もう眠ってるか麻痺してるか…。

誰か名前ちゃんを目覚めさせてーー!




オレが名前ちゃんを見ながらそんなことを思っている隙に、名前ちゃんがファストフード店の会計を済ませえてしまった。

あっ、奢ろうと思ってたのに…!


名前ちゃんは当たり前のように自腹を切ってるし、後から払うとか言うのもどうせ遠慮されるしと思って、ここは一旦引くことにした。

オレはプレミアムローストのアイスコーヒーを頼んだ。


商品を受け取って空いてる席を探す。

オレたち、どっから見てもカップルだよな、フルフル…。


適当な席を見つけて向かい合って座った。

どうしてファストフード店のテーブルってちっっちゃいんだってずっと苦々しく思ってたけど、今日はこの小ささに感謝♪

気をつけないと膝がぶつかっちゃいそうで、心臓がドッキンドッキンうるさいほどなってるけど堪らなく楽しい。


名前ちゃんが、

「何飲んでるの?」

と突然オレの飲み物に興味を示した。

「アイスコーヒーだよ」

オレはストローから唇を離してそう言った。

「コーヒーも飲むんだね」

ちょっと意外そうな顔をしてそう言った。

「うん」

「甘いものが好きなんだと思ってた」

「甘いものも好きだけど、酸っぱいものとかしょっぱいものも好きだよ。嫌いなものとかあんまりないから。何でも食べるし何でも飲むよ!」

調子に乗っていろいろ言ったけど…なんか今の響き、いやらしくなかったか…!?

雑食系とか思われなかったよな…!?

「ふーん。じゃあ、ジュースだけってわけじゃないんだね」

ふふっと笑ってそう言うキミにオレは超赤面する。

オレって大バカ…。


頭をプルプル振って脳みそをリセット!

「それしか食べないの?」

オレはさっきから気になっていたことを聞いた。

チーズバーガー1個と飲み物だけって、そんなんで生きてけるのか?

「うん。ポテトは嫌いじゃないけど量が多すぎるし、いつもこれだけだよ」

…今までの女子がどれだけ食ってたか思い出そうとしたけれど、まるで思い出せなかった。

オレってそういうことにも興味なかったからなー。

一体何に興味があって付き合ってたんだよ。

…考えたくないな、考えないでおこう。


「あのね。通学用のバッグに付けてたチャームがね、引っ掛かって壊れちゃったの。それで、今日はそれを買おうと思うんだけど、そんなのに付き合って貰っちゃっていいかなあ?」

オレの目を見て恐る恐る言う名前ちゃんが言った。

「いいよ。他にはないの?」

「うん。他は…赤のボールペンとか?」

「分かる」

そう言ってオレはふふっと笑った。
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