カルピスソーダ

□♯15
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オレはその晩、名前ちゃんにメールを打った。

花形に指示された通りのことを文字にする。

そもそもオレには感情を文字で表現するなんて選択肢がないんだ。

小学校のときの日記も苦手で提出はいつも最低限だったし、返された担任からのコメントには“事実の羅列ばかりでなく感じたことを書いてみよう”と内容に全く触れてもらえてないことも多々あった。

だからと思って次の時にはやたらと“嬉しかったです、楽しかったです”を連発させたら、

「嬉しかった、楽しかったは禁止。違う言葉でその気持ちを表現してみよう」

という日記限定のルールが担任によりクラス内に作られてしまった。

お手上げ、そう感じたオレはその時からまた起きた出来事を一から十まで書くだけの日記を提出し続けた。



でも、今日の心から楽しかった気持ちはキミに素直に伝えたいと思った。

そして、キミとまた会いたいってことを密かに滲ませた文章を打ちたいと思った。

だから一生懸命にオレはメールを打った。

だって家に帰って予定表を見たら、結局どんなに最速でも夏休みの始めまでキミに会えそうになかったから。

伊藤に勉強を教えるという名目でも、そうそうお邪魔出来る訳じゃないし。

最低二週間、オレは渇いた生活を送るのか…。

教室、バスケ、ラーメン屋のトライアングルから抜け出せないなんて…。

そう思ったら急に切なくなって、サラサラと言葉が出てきた。

オレって意外と詩人の素質あるかもしれん…。


言葉は並べたけど、よく女子が文の最後に付けてくる絵みたいなのはなかなか付けられなかった。

それが最近は女子ばかりででもないんだよな、それ付けてくるの。

気持ち悪いからやめろって言ってるのに、部員の半数近くが最近、了解の後に何らかのマークを付けてくる。

まだニコニコした顔とかならいいけど、ハートマークだのイチゴだの音符だの、キラキラしてるのだの、動くのだの、気持ち悪くて話しにならんてのを平気で付けてくる。

オレが嫌がるのを分かってて敢えて気持ち悪くしてるんじゃないかって思えるヤツもいる。

名前は敢えて言わないけど、アイツとアイツだ。

男が欲求不満になるとコレだから…いつだか退治してやろうと思ってそう言ったら、ますますいろいろと付けてくるようになった。

恥ずかし気もなく、デコメとか言っていた。

そのときからは、アイツらはオレのことが大好きだから仕方ないな…と諦めることにした。


そう言うわけで(?)オレは妙なマークを付けるのが苦手なんだけど…。

今回は最後に一つだけ、ニコニコした顔のヤツをつけることにした。

普通タイプの部員がよく使ってるヤツだからだ。

オレとしてはそんなものも付けたくはないけど、その方が柔らかい感じになるんだろ。

名前ちゃんにツンツンしてると思われるのは心外だから、オレはそれを進んで付けることにした。

何度も読み返して文章の誤りやアホな変換ミスがないかチェックする。

最後は目を瞑って送信ボタンを押した。


はあぁ…大仕事だ。

まさかメール一つにこれほど手こずるとは…。


メールとは妙なもので送った途端に返信がほしくなる。

オレは何度も携帯を手に取りメールボックスを確認してしまった。

実際、メールボックスまで見なくても分かるってのに…。

携帯ばかりが気になって何も手に着かないので、取り敢えず風呂でも入ってくるか…そう思って風呂に行く。

風呂から上がってまだ返信がないとなると惨めな気がするからと思って、なるべくゆっくり入った。

鼻歌を何曲か歌った。

途中、虚しくも感じたが後五曲歌うまでは出ないと決めて、決めた通りにした。

出たときにちょっとのぼせたっぽかったが、鼻歌のお陰か気分だけは良かった。

空元気ってのは敢えて出してみるもんなんだな…なんて思った。

髪を大雑把に拭いたタオルを肩に掛けてキッチンに行く。

ここでも敢えてゆっくり水を飲む。

氷なんか浮かべてみたりして。

わざとからんからんと音を立ててみたりして。

そこでようやく、オレがいくらヤキモキしたって名前ちゃんが気付くまでは返信はないんだ…そう思えて、いい加減やることをやろうと自分の部屋に戻った。

部屋に入っても敢えて携帯は目に入れないようにする。


取り敢えず勉強でもするか…。


机に向かい、裏返しに置かれた携帯をそのまま奥へ押しやった。

その瞬間、ピカッ!と着信があったことを知らせるイルミネーションが光った。


バッと取り上げてカパッと開く。

画面にはメールの着信を知らせる文字が…。

それまでの素早い動作とは打って変わってオレはゆっくりと決定ボタンを押す。


不意打ちで高野かもしれん…


オレは期待はずれだったときにがっかりし過ぎないよう心にクッションを置いた。


ポチッ。


…あ!

名前ちゃんからだ〜♪


オレは思わず携帯を抱きしめる。

いつ来たんだろう…オレが着信時間を調べると、オレが風呂に行った直後だったことが分かる。


…オレがしてたことって一体…。


今はそんなことどうでもいい、内容の確認だ!

首を振って目を凝らす。


…うん、…うん、…うん。

了解だよ(ハートマーク)


今、オレの心からは無数の真っ白な鳩が飛び立っていった。

人生バラ色って本当にあるんだなあ♪



名前ちゃんからの返信には、オレがピックアップした日時のうちの一番最初の日が指定されていた。

夏休みに入っても夏期講習があって学校に通うから、お昼過ぎの方が都合がいいと書いてあった。

制服だとも書いてあった。

オレも制服だもん。

それにオレ、制服デートって憧れてたし♪

そりゃ今までにもそういうことはあったけど、正真正銘好きな子とのそれは断然違うものに思えた。

更に、夏期講習の後は友達はそのまま彼氏との待ち合わせに行ったりするから、自分にも都合が出来て嬉しいと書いてあった。

その後に今日のこと、ゲームでやけにムキになって今更恥ずかしいとか、ご両親がオレたちのことをとても褒めているとか書いてあった。

女の子らしい内容で、ところどころにかわいいマークがついている。

最後は、またねの後にバイバイと手が動く絵が付いていた。

オレは思わず画面に手を振った。

派手でも地味でもない、まるでキミがオレに話しかけてるみたいなそんなメールだった。


名前ちゃんかわいい♪

何度も読み返してうっとりとそう思った。


そしてオレはすぐにでも返信がしたくなった。

ただ、書くことがなかった。

だから“了解です。おやすみ”とだけ打って、流れ星のマークを最後に付けた。

オレ、メール嫌いじゃないかも。

そしてオレは受信ボックスに名前ちゃん専用のフォルダを作った。

一体、いつ誰が何のために使うんだ?と思っていた機能の一つだ。


そっか、名前ちゃんのためだったんだ♪

って納得した。



その日オレは、生まれて初めて携帯を握りしめて眠りに就いた。
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